前回は『ディズニーのビジネスモデルと世界観の礎が築かれるまで』をテーマに、作品の世界観やキャラクターを厳守することで高度なコンテンツとして運用可能にしたディズニーの強みについて解説した。
第2回の今回は『新たな表現とグローバル展開』がテーマだ。
ディズニーがどのようにして市場を広げ、配給をしてきたのかについて掘り下げていこう。
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新しい表現とグローバルマーケット
長編アニメーションで初のアカデミーを受賞した「白雪姫」は、170万ドルの予算と4年の月日を費やし、800人を超える制作スタッフから生まれた。当時はまだ「短編」「子供向け」といった印象のあったイメージを覆し、6100万ドルの収益を上げた作品だ。
その後も「ピノキオ」「バンビ」「ダンボ」「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ピーターパン」「眠れる森の美女」など、今でもファンの多い作品を生み出し続けた。しかし、ウォルトの没後からは徐々に雲行きが怪しくなり、遂に1980年には暗黒期と呼ばれるほどの状態に陥った。
この暗黒期を打破したのが『ルネサンス期』と呼ばれる時期のディズニー作品たちだ。
この時期の作品は「リトルマーメイド」「美女と野獣」「アラジン」「ライオンキング」「ノートルダムの鐘」「ムーラン」「ターザン」などが該当する。
すべての作品が同様のスタイルを取るわけではないが、この時期の作品はブロードウェイミュージカルのスタイルをアニメーションに取り入れており、当時では未だかつてない試みがなされた。
ルネサンス期の大きな功績は、今なおディズニーを出表する数々の名曲のほかに、作品の舞台をアメリカから移し、幅広い舞台設定の作品を描いたことだろう。
この試みが各国にファンを生み出し、ルネサンス期作品のさらなるヒットへと繋がったのだ。
ルネサンス期の代表的な作曲家、アラン?メンケンが生み出したキャッチーな名曲とグローバルな舞台で描かれた作品は舞台化に必要とされる特徴を満たしていた。
舞台化には、まず作品がすでに世界でよく知られていることが求められる。
ニューヨーク?ブロードウェイやロンドン?ウエストエンドで公演されるような作品はほとんど、世界向けに営業をかけて海外展開されていくからだ。
ディズニー舞台の場合、多くは現地の責任者に一任している。キャストの採用は現地で行われ、その国の言語で上映される。
一方、脚本や演出、衣装はディズニーがライセンスを所有して管理している。
つまりどの国で見ても『ローカライズ』がなされ上演されるが、演出や脚本を含む作品の『内容は同じ』という状態を保ち、どの国でも公演されている。
1994年に美女と野獣が初の舞台化作品として選ばれ、全米や全英を始めとする世界13カ国、115都市で上映され、ブロードウェイ史上9番目に長いロングラン公演を叩き出した。
そして、ライオンキング、ノートルダムの鐘、ターザン、リトルマーメイド、アラジンと続いて舞台化されていった。
舞台化を後押しした要素の一つにアラン?メンケンの音楽があるのは前述と通りだが、劇中では書き下ろしの追加曲や舞台用のアレンジをされた曲が使われる。
例えば、アラジンの舞台では、彼が作曲を務めた他の作品の楽曲を含んだ「Friend Like Me」のアレンジが楽しめるようになっており、ブロードウェイ版のみではあるがCDの購入も可能だ。
質の高い映像作品を舞台化して、映像の販売をせず直接舞台へ足を運ばせ、会場やその他のショップではCDのみ販売することでメディアミックスを実現させている。
そして、舞台を楽しむ会場はディズニーランドと同様のグッズを取り扱う物販のチャネルとしても機能している。
クロスメディアという配給手段
モノクロで音声のないアニメーションが音声を伴い、色が加えられてアニメーションの質がますます上がった頃、ディズニーのアニメーションは世界観を持ち始めた。
次第に作品のファンが増え、届くファンレターには、「制作風景を見たい」といったものから、「作品の世界に入ってみたい?キャラクターに会ってみたい」というものまであったという。
ウォルトには二人の娘がいた。よく娘たちと遊園地へ遊びに行き、大人にとって遊園地が退屈な場所だと感じたことで、ディズニーパーク?ランド(本記事での「ディズニーランド」)の着想【大人も子供も楽しめる遊園地】を得るのに繋がっていった。
当初考えられていた『ディズニーランド』は社員の娯楽施設であり、ウォルトの趣味で機関車を走らせる施設を想定していた。
当時の遊園地産業はリスクも大きかったため、本格的にテーマパークとして建設する転換には良い印象を持たれておらず、兄のロイですら「すぐに飽きるだろう」と最初は考えていたほどだった。
だが、ウォルトの機関車を園内に走らせたいという強い情熱も後押しして、ディズニーランドの建設は進められた。
予定よりも広い敷地が必要になり、新たな資金源を必要としたウォルトは、アメリカのテレビ局ABCにテレビ局向けのコンテンツを番組に提供して、ディズニーランドの権利を一部渡すことを条件に費用の一部を負担させた。
そのおかげもあり、ディズニーランドは着工から一年程度で開園に至った。
このような形での契約は、当時でこそ前例がない異例なものではあったが、後にクロスメディア販売手法の原型となり、今でも十分に有効なマーケティング手法として捉えられている。
そして、一般開園への前日、プレ開園での様子を後の大統領ロナルド?レーガン氏が司会を務めるABCのスペシャルテレビ番組で放送した。
カリフォルニア州知事、カトリック教会の司祭、プロテスタント牧師、ユダヤ教の指導者、歌手であり俳優としても活躍していたフランク?シナトラなど豪華なゲストを招き、盛大に開園する様子を放送し、翌日に控えていた一般開園への期待を煽った。
コンテンツとエンターテイメントの融合
ここまでの話だと非常に順調そうだが、実はディズニーランド開園日のエピソードは良い話だけではない。
テレビ放送時には語られなかったが、実際のディズニーランドは3/4程度しか完成していなかった。
開園日には偽チケットが横行し、収容人数の倍近いゲストが押し寄せたため、用意していた食品も飲料も昼食時には完売。
建設中の乗り物や野晒しの地を歩かせ、気温が37度を超えるなか、飲み物もなければトイレもない有様でゲストを落胆させたのだ。
これだけに止まらず、ガス漏れを起こした眠れる森の美女の城が全焼しかける騒ぎまで起きる始末で、この日の様子はキャストからは「ブラックサンデー(黒い日曜日)」、メディアには「ナイトメア(悪夢)」と揶揄されるほどの有り様となった。
殺伐とした時代のなかで作られた『ディズニーランド』は、不安や疑惑に満ちた現実でも、より良い未来へ向かっているのだと明るい気持ちを抱ける場所になって欲しいというウォルトの想いが込められていた。
ウォルトは破産覚悟で金策に走り、開園からさらに3年近い時間をかけて、ディズニーランドの当初の構想を実現させた。
そしてディズニーランドの存在は、作品をより高度なものへと変化させた。
今までは画面のなかにしか存在しなかった世界は『私たちの世界の景色』として目の前に広がり、キャラクターが役者と組み合わされたことによって『私たちの世界に存在する物語』として実現されたのだ。これにより観客の体験が、別の次元へと昇華した。
パーク内ではキャラクターの被り物をかぶって世界に入り込む。
パレードやアトラクションに使用されている、明るくて楽しい曲の多くはCDに収録されており思い出として購入できるように、パーク内の売店でも販売されている。
愛と夢の詰まった良質な作品は、ディズニーランドという空間のなかでは、視聴者が体験する物語として新たな形で届けられるのだ。
ウォルトは生前、「ディズニーランドは完結することはない。この世の中に想像力が存在する限り、ディズニーランドは成長し続ける」と残した。
その言葉通り、どの国のディズニーランドも多くの改良が施され、開園から半世紀近くの年月が経過した今でも、旧作新作問わず人気作品のエリアが増設され続けている。
想像力が尽きない限り、変化の伴う成長は続く
ディズニーの作品は現代の世間の価値観に受け入れられるかを熟考しながら、どのように愛されるのかを見据えて作られている。とても計算高く、幅広い層が見やすいようにと配慮しながら作られているのだ。
届ける側は何度もアイディアを出して作っては変えてを繰り返し、最終的に仕上がったものが私たちに配給されている。
そして、狙った作品すべてが良い興行収入を出すわけではない。これは作品の質が良くても同様だ。
ディズニーですら、業績の芳しくない時期を何度か迎えてきたのが良い例だろう。
ディズニーが強いのは直接的な興行収入以外でも利益を出せるようにしている点であり、舞台やメディアに展開された二次作品もさることながら、ディズニーランドの存在が大きい。
新たな映像作品が生まれ続けては、ディズニーランドも影響を受けて新たに生まれ変わる。
これは私たちの世界に『体験できる物語』として届けられるためだ。例えば、東京ディズニーシーでは2023年に新エリアとして、アナと雪の女王、塔の上のラプンツェル、ピータパンの世界観を再現したエリアが増設予定となっている。
アナと雪の女王以降、ディズニーは新たなルネサンス期に突入したとも言われ興行収入が再び戻り始めたため、『アナと雪の女王』エリア増設はこの反響を受けてだろう。
次回は、ディズニーランドを実現させている技術、コンテンツの強化と配給パイプの補強によって、ディズニーがこれから目指しているものの話をしていきたい。
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