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米国で高年収の技能工「カラービリオネア」が増加 技術職が稼げる時代に

クリエイティブディレクター
HAKATA NEWYORK PARIS

 今回はニューヨークからの話題を二つ。ビジネスにAIが入り込み、知識階層であるホワイトカラーが稼ぐ機会が減る一方で、電気修理、自動車整備、配管などの技能工、いわゆるブルーカラーが金持ちになる機会が膨らんでいるという。例えば、ウォール街の弁護士事務所で、金融機関を顧客に法務サービスを手掛ける弁護士は、従来は1時間に700ドルから1000ドルの手数料を受け取っていたが、最近は時間がかかるリサーチ業務をAIが代行するようになり顧客から受け取る手数料が低下しているそうだ。その護士が暮らすマンハッタンのアパートで、天井や壁に取り付けたオーディオシステムが故障し修理を頼んだところ、数千ドルの修理費を請求されたとか。しかも修理技師が乗ってきた車はポルシェで、彼はロングアイランドの高級避暑地、ハンプトンに別荘を構えているという。ホワイトカラーよりブルーカラーの方が良い生活をしているのは、夢物語ではないとのことだ。

 米国ではこうした高額年収の技能工は「カラービリオネア」と呼ばれる。もちろん、ブルーカラーの全員が全員、高額年収を稼いでいるわけではない。ただ、AIの普及によりホワイトカラーの稼ぎが減る一方、機械にできない特殊な技術、技能をもつ人々がお金持ちになるチャンスが増えているようだ。こうした状況はまさに技術料の高さが指し示す。マンハッタンの一般的アパートの水漏れ修理費用が2時間の作業で800ドル(約12万円)も請求されたケースがあるという。いくら世界で最も物価が高い都市とは言え、かなり高額のように感じる。日本でもネット検索の上位にランキングされる水道工事業者に頼むと、莫大な修理代金を請求されるトラブルが発生している。まずは見積もりをとって修理を頼むべきはずだが、日本とは違い誰に頼んでも同程度なのか。それとも高額所得者が多いニューヨークでは、1ドルでも安いところに頼む習慣はないのか。ともかく、依頼者が高額のフィーを払い、チップも弾むニューヨークならカラービリオネアが出現することもあり得るだろう。

 職人的な技能工はビジネスのIT化で若者の志望先から外れてしまい、ベテランのリタイアが重なって絶対数が減り、仕事ができる人に依頼が集中しているとみられる。当然、1人の技能工が1日にこなせる仕事量は決まってくるので、依頼する側がどうしても仕事をして欲しいのであれば、その分高いフィーを支払わなければならなくなる。ここでも経済原理が働くわけだ。テキサス州の職業訓練学校では、過去1年間に入学者が20%も増えたとか。この学校では自動車機械、溶接、配管、冷暖房空調の技能工を養成している。授業料と寮費を合わせても年間9000ドルで、4年生大学の学費の10分の1程度。技能工が不足しているから、2年で修了する卒業生を採用したいという会社が引く手数多なのだ。しかし、雇用は仕事があってのもの。人員が充足されていけば、収入も下がっていく。また、職人的な仕事は向き不向きがあるし、闇雲に学生を集めて量産できるものでもない。筆者は専門学校を出ていても下手くそなデザイナーを数々見てきた。技能職のスタッフが退職していくから、補充するだけの企業もある。技術があって仕事ができてこその収入なのである。

 米国で技能工が求められる背景には、産業構造も関係している。例えば、冷暖房の空調機器がそうだ。空調機器メーカーの多くは、コストを削減するために中国などに製造を委託してきた。その結果、国内で製造できるところがほとんどなくなり、技術の空洞化が進んだ。しかし、機械は故障するし、メンテナンスも必要になる。オフィスや工場、学校や病院で空調機器が故障したままでは室内が高温になり、従業員が暑さに苦しみ、仕事どころではなくなる。経営者は労働環境を悪化させるわけにはいかないから、修理を急ぐ。そのためには高いフィーもやむなしなのだ。ただ、機械の裏蓋をドライバーで外して内部を懐中電灯を照らし、テスターで電流の流れを計り、どの部品が劣化し働かなくなったのかを突き止めるのは、現状では人間にしかできない。真夏ともなれは、気温40度を超える現場での過酷な作業になる。だが、それに見合うフィーがずっと上がり続ける保証はない。

 米国には4年生大学で経営学を学んだ大学生が2000社に履歴書を送っても就職先が見つからない事例がある一方、65歳の失業率が2024年に比べると上昇しているデータもある。中高年もAIを使いこなすことができれば、報酬に繋げることができるが、AI以上の能力がなければ失業の憂き目にあうことも避けられない。当然、将来を支える若者の雇用をどうするかは重要な課題だ。トランプ政権はハーバード大学のようなエリートを育成する教育機関への補助金をカットし、ブルーカラーの養成を支援する。2025年7月には減税?歳出法を成立させ、26年から27年度は奨学金の支給対象に一般大学以外に、職業訓練などの短期資格取得プログラムの費用も加えると決定した。大統領が打ち出した製造業を米国に取り戻すという公約は、技能工が下支えするのは間違いないが、2026年の中間選挙を意識して共和党の大票田であるブルーカラーを意識しているとも見て取れる。政権には選挙目当てだけの政策ではなく、中長期的な視点で米国の産業構造を考えていくことが求められる。

 翻って日本はどうか。人口減少の影響で、あらゆる業種で人手不足が叫ばれている。一方、AIによる代替で2026年春の雇用を減らす企業が16社、数年以上に減らす企業が70社、削減を検討中との企業が61社にも及ぶという。日本には匠の技に支えられる製造業も少なくない。技術を伝承していくために子供達を対象にしたオープンファクトリーやワークショップも盛んに行われている。石破前政権は高校の無償化に踏み切ったが、私学に進学する生徒が増え公立校が定員割れになっている。これ以上、大学の進学率が上がってもビジネスが活性化し、日本の国力が上がるとは思えない。近い将来、AIは熟練の技術者や職人が持つ経験や勘、直感などに基づく知恵を共有することもできると言われるが、ロボットが職人技を代替できるかは未知数だ。AIはあくまで手段に過ぎない。むしろ、人間の方が技術を裏付けにしたイメージングやものを作りきる創造力を鍛えていかなければならない。そのためには、技術を習得できる実業系の高校や高等専門学校での職業訓練を強化することも重要なのではないかと思う。

ニューヨーク市政はアジア系市長で変わるか

 もう一つはニューヨークの市長。2025年11月4日に投開票され、民主党の急進左派で、ニューヨーク州下院議員のゾーラン?マムダニ氏が当選した。同氏は1991年、アフリカのウガンダの首都カンパラで、インド人の両親の間に生まれた34歳。7歳の頃、家族と共にニューヨークに移住し、メーン州のボウディン大学でアフリカ研究の学位を取得。在学中には「パレスチナの正義ための学生の会」支部を共同設立した。両親ともにハーバード大学を卒業し、父親はコロンビア大学の教授、母親は映画獲得という移民エリートの階層にある。同氏自身は大学卒業後、ニョーヨーク?クイーンズ区で住宅差し押さえ防止のカウンセラーとして働き、有色人種で低所得者の立ち退き回避を支援。この時の経験が政治を志すきっかけになったと言われている。

 さらにマムダニ氏はニューヨークのクイーンズ区とブルックリン区で民主党候補の選挙活動に携わり、地方政治での経験を積んだ。自らも2020年のニューヨーク州議会議員選挙で初当選し、22年、24年と連続で当選を果たした。州議会議員としては、ニューヨーク市内の一部のバスを無料にする実証実験を推進し、イスラエルの入植活動を許可なく支援する行為に非営利団体が関与することを禁じる法案も提案した。24年には現職のエリック?アダムズ市長が収賄や電信詐欺、外国からの違法な寄付の勧誘など5つの罪に問われたことで、ニューヨーク市長選への立候補を表明した。25年6月の民主党予備選挙では草の根の選挙運動が奏功し、アンドリュー?クオモニューヨーク州前知事に勝利した。同氏は、ニューヨーク市の市長としては過去100年以上で最も若い。しかも、南アジア系のイスラム教徒で、社会主義を信条とする。ただ、米国籍を取得したのは2018年というから、全てが異例ずくめの人物が北米最大都市の首長に就くわけだ。これは何を意味するのだろう。米国社会のデカップリングを生むのか。それとも市政を混乱させ、行政課題を停滞させるのか。お手並み拝見と行きたい。

 というか、ニューヨークは移民で成り立ってきた都市だ。第二次大戦前は自分の名前を英語風に変えるなど米国との融和を図っていた。ところが、戦後になると難しいスペルをそのまま使用し、民族的なアイデンティティを強めていった。これも大きな変化だと言える。筆者がニューヨークを訪れ始めた1980年頃から、人口構成はかつてのような人種の坩堝(るつぼ)との表現から、特定の人種が際立ってきたと感じる。戦後はしばらく白人が郊外に住み、南部からは黒人が流入し、中南米からのヒスパニックが増えていった。さらにアジアからの難民も加わってその構成は大きく変わっていった。1987年には白人の人口が50%を割り込み、黒人は横ばいだったものの、アジア系とヒスパニック系が急増した。1990年代半ば、筆者がニューヨークで暮らした時は、地下鉄に乗るたびにアジア系の人々が増え、イベントのたびに露天で商売する人々のほとんどがヒスパニック系となっていった。

 肌感覚だけでは実態がわからないので、米国の国勢調査をもとにニューヨークの人種構成を調べてみた。1990年に海外からニューヨークに移住した人々はトータルで100万人。最も多かったのは旧ソ連諸国や東欧生まれで、22万9000人だった。トランプ大統領夫人のメラニア氏も旧ユーゴスラビア(現スロベニア)の出身で、内戦の影響で1996年に母国を離れて渡米したと言われる。現在は大統領夫人なのだが、まさに移民の街ニューヨークを象徴する立志伝と言えなくもない。次に多いのが中国、台湾、香港で19万2000人。インド、パキスタンなど南アジアが14万6000人、韓国が6万6000人だった。こうした傾向はその後も続くだろうから、アジア系の市長が誕生してもおかしくないと思っていたら、マムダニ氏の当選でそれが現実のものとなった。ちなみに2010年と2024年の国勢調査を見ると、アジア系はそれぞれ13.4%と13.9%で、1990年の7.2%と比べると倍近くに伸びている。

 ニューヨーク生まれのトランプ大統領はマムダニ氏を狂った共産主義者と呼んで敵視し、同市に対する連邦資金の凍結などを示唆した。ホワイトハウスが政府機関を閉鎖を始めた直後には、ニューヨークでは多様性と包括性の取り組みへの懸念があると、インフラ整備向け資金180億ドルの支出を停止した。マムダニ氏が公約とする医療や食料支援はニューヨークに居住する貧困層の移民が対象だ。ニューヨークを移民保護都市として強化し、支援に1億6500万ドルを投じる方針を掲げたが、トランプ政権は不法移民の強制送還を推し進める。両者の対立は激化したままかと思いきや11月21日直接会談後、トランプ大統領はマムダニ氏の成功を望んでいると態度を軟化させた。生活費の問題を巡りマムダニ氏と立場が一致すると強調し、「私は彼を助けるつもりであり、邪魔をするつもりはない」「ニューヨークを偉大な都市にしたい」とも語った。ただ、マムダニ氏が市議会との対立や財源の問題から公約が果たせないのでは、貧困層を中心に同氏に投票した有権者は失望し、支持率が急落する恐れはある。

 米国社会には極端な左傾化には警戒感があり、社会主義が浸透するとは考えにくい。両者の立場は来年の中間選挙を控え共和、民主両党にとっても重要な意味を持つ。日本の高市政権もそうだが、勝利の熱が冷めてもいかに政権を安定させられるかがリーダーには問われる。中南米やアジアからアメリカンドリームを夢見て、多くの移民がニューヨークに移り住む。家賃は高く物価が高騰し生活が困窮しても、母国に戻ろうとする人がどれほどいるのか。犯罪に手を染めるものも少なくない。それは貧困が原因だから、支援が欠かせないというのはあまりに短絡すぎる。もちろん、移民で成り立ってきた米国と大和民族が築いてきた日本を一律で論じることはできないが、公金をばら撒けば解決する問題でもない。貧困層が働いて稼ぎ、真っ当に生活できるような雇用を生み出すことこそ、行政には求められるのではないか。むしろ、人間にしかできない技能、手に職をつけることが仕事に結びついて報酬につながる。そうした職業が見直されているのだから、行政も人材育成を支援していくことが重要なのだ。アパレル業界でも、染色や織り、縫製の専門技術は伝承していかなければならない。

 高市政権が掲げる日本の成長戦略でも、17項目の全てが大卒や大学院卒のみが担えるものとは限らない。造船やコンテンツ、フードテック、港湾ロジスティクス、海洋は、実業系高校や高等専門学校の生徒の方が得意分野になるのではないか。AIに代替されないエッセンシャルワーカーが稼げるチャンスが来ることにも期待をしたい。もちろん、AIに代替されないための人材育成、それに合わせて教育のあり方を考え直し、環境を整えることも必要かもしれない。

 ※当コラムは2010年ごろからGoo Blogにて執筆をスタートしました。ですが、25年11月18日でサイトのサービスが終了し、Amebaへの引越しを致しました。過去14年にわたる月別アーカイブは、2011年から併載していますlivedoorブログ(http://blog.livedoor.jp/monpagris-hakata/)でご覧いただけます。

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