
Image by: Yuichiro Noda
デザイナー 黒河内真衣子が手掛けるブランド「マメ クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」は、今年設立15周年を迎えた。同ブランドの大きな魅力であり特徴の一つは、黒河内が日本全国の産地に自らの足で赴き、職人との対話や協業を重ねる中で生み出されてきた、記憶や風景、文化、ものづくりの技術が凝縮された個性豊かなオリジナルファブリックだ。
ADVERTISING
9月19日から21日までの期間に大阪で行われたイベント「デザインイースト(DESIGNEAST)」でマメ クロゴウチは、直近10年間に開発した約200種のアーカイヴ生地を、クリエイションの源泉が記された黒河内のノートと新作のファブリックとともに展示するエキシビション「Mame Kurogouchi: Notes on Fabric」を開催。効率化や合理化が進み、作り手の存在や顔が見えないことが“当たり前”となってしまった時代の中で、徹底して産地に赴き、直接作り手と対話し、手仕事に光を当てた製作と発信を続ける同氏の“互恵的”なものづくりの在り方は、現代の多くのブランドとは一線を画している。
ブランドの歴史とデザイナー自身の記憶、生地作りに携わった多くの人々の思いや時間が積み重なった濃密さが満ちる展示会場で、地道で純粋で真摯なブランドのものづくりと歩み、その背景にある思いを黒河内に訊ねた。

「Mame Kurogouchi: Notes on Fabric」の展示風景
Image by: Ichiro Mishima
目次
アーカイヴ生地は「ブランドや産業にとっての財産」
?? 今回の展示では、2014年春夏から2025年秋冬コレクションまでに開発したオリジナルファブリックから厳選された約200種が並んでいます。このように、生地を通してブランドの歴史や物語を体感できる機会というのはなかなか珍しいですね。
お客様は、お洋服になった状態のものを目にすることはあっても、こういったファブリックを見るというのは通常はないことですよね。私自身も今回展示の準備で生地を選定していく中で、改めて本当にいろいろな生地を作らせてもらったんだなと実感できましたし、これらはブランドにとっての財産でもあり、「日本のものづくり」という観点ではファッション?繊維産業にとっても一つの財産になりえると感じました。今回の展示を通して、若い方たちにとっての何か新たなインスピレーションになったらいいなという思いもあります。

過去10年間のアーカイヴ生地が並ぶ展示の様子
Image by: Ichiro Mishima
?? 実際には、直近の10年間で製作したファブリックは1000種類以上に及ぶそうですね。
展示する生地を選定するときは、一つ一つの生地に対して「今生の別れ」みたいな気持ちになり、絞るのが本当に大変でした(笑)。今回私がセレクトする際に意識したのは、華やかな織りのものと無地のものの両方を取り入れること。おそらく、みなさんが日常的に着るような天竺やジャージー素材などは一見「簡単に作れそう」と思えるかもしれませんが、実は華やかな柄のものと同じくらい、作るのに時間や手間が掛かっているんです。正直「これは楽に作れる」という生地はなくて、どのファブリックにも等価に時間の経過がある。それがものづくりの大変さであり素晴らしさであると感じているので、その両方を見ていただけるように生地を選びました。


左の無地の生地は、黒河内がアイスランドを訪れた際、車ごと道路から転落する事故に遭ったものの、白い綿毛が揺れる枯れ草の草むらの上に落ちたことで運よく助かったというエピソードから誕生。「ちょうど『包む』をテーマにしたコレクションに取り組んでいたときだったので、『大地に包まれた!』と思って。そのときに見た景色をファブリックにしたいと考え、表は白、裏は茶色になっていて、光が当たると大地の土っぽさが少し垣間見えるようになっています」(黒河内)
Image by: Ichiro Mishima
?? 展示されているファブリックの中で、特に思い入れのあるものはありますか?
どれも大切でそれぞれに思い入れがあるので選ぶのが難しいのですが、2020年春夏コレクションの「絣」を再現した生地は、その一つです。一本一本の糸を手で染める絣は非常に高度な技術のため、洋服に使用するのはハードルが高かったのですが、絣の考え方を現代のやり方で表現できないかと考えたときに、群馬?桐生の機屋さんが持つ技法で可能だということになりお願いしました。
その技法では、糸を染色するのではなく、ポリエステルの経糸を高密度で並べたところに柄を転写プリントし、それを織機で織ることで柄に自然な歪みが発生して、絣が持つ本来の美しさを現代的な手法で再現することができたんです。私自身もすごくその技法を気に入っていたので、ちょうど仕込みを終えたばかりの2026年秋冬コレクションでもう一度やろうと思ったものの、当時の工場さんに相談したら「もうできない」と言われてしまって。

絣の技法を再現した生地を織っている様子
Image by: Yuichiro Noda

2020年春夏コレクション
Image by: Mame Kurogouchi
やはり、その経糸を作るだけでも大変な労力で、今はそれを手掛けていた職人さんが辞めてしまわれたこともあり、2025年現在では作れなくなってしまいました。だから、今回の展示の告知ヴィジュアルを選ぶ際、「せっかくだったら、あの時に工場で見た光景の美しさをお見せしたい」と思い、そのときの写真を選びました。工場の織機で生地を織り上げていく中で、ぼんやりと柄が浮かび上がっていくさまには、本当に言葉にできない美しさがあるんです。
?? 作れなくなってしまったというのは、非常に残念ですね。
今回展示した生地の中には、もう作れないものや、やめてしまった機屋さんもたくさんあるので、その寂しさも本当に感じます。でも、ネガティブなことばかりを言っても仕方がないので、私たちもまた次の新しいことを考えたり、発見したりすることを継続していきたいと思っています。
?? 会場では、2026年春夏コレクションのプロトタイプの生地も展示されていました。

2026年春夏コレクションのプロトタイプの生地の展示
Image by: Ichiro Mishima
これは群馬?桐生の機屋さんで、高速織機「レピアジャカード織機」を使って織られたものです。繊細な糸を高速で織るという、本来なら困難な挑戦を80代の職人さんが実現してくれて。長野の原風景である「氷柱」の景色を織物にすべく、リアルな氷柱の質感を表現するために、氷柱の写真やスケッチを持って何度も打ち合わせに臨んだり、あえて糸を飛ばしたまま織り続けるといった、機屋さんがやりたがらないような細かな要望を何度もぶつけ、何パターンも試作を重ねることでようやく作り上げることができました。

氷柱を表現した生地を用いたルック(2026年春夏)。経糸にはナイロン、緯糸にはシルクとポリエステルのラメ糸を使用している。
Image by: Mame Kurogouchi

手捺染でオーロラのような多色グラデーションを施した生地を用いたルック
そして、反物というのは大体1反50mですが、展示しているファブリックがまさに50mになっていて。この1反を作るのも大変ですが、機屋さんにとってはこれだけでは生計が立ちません。何百、何千反という発注があって初めて織機を動かせるのが現状で、私たちも常にこの“数の壁”を感じています。今回は、まず1度にものづくりができる量である「1反」をお見せすることで、皆さんにその背景を感じていただけたらと思い、このような形で展示しました。

奥に展示されているのは、同じ生地に京都の染め職人による手捺染でオーロラのような多色グラデーションを施したもの。「刷毛で水をつけて生地を濡らし、ピンク、ブルー、パープルといった複数の色を、乾く前に1パネルごとに何度も重ねてぼかしていく手作業は時間との勝負。プリントとは異なり、手染めならではのムラが織りなす面白さがこの生地の魅力」と黒河内。展示では、未染色から完成形に至るまでのプロセスが見られるようになっていた。
Image by: Ichiro Mishima
ものづくりの根幹にある「対話」
??? 今回の展示からも色濃く伝わってくるように、「マメ クロゴウチ」というブランドは、日本各地の産地の職人とともに開発したオリジナル生地の豊かさや美しさがブランドの重要な要素の一つだと思います。改めて、黒河内さんにとって「ファブリック」はどのような存在ですか?
ファブリックは一つの材料ではなく、本当に大切なデザインの一つです。洋服を作る際、生地から先に作る場合も、デザインと生地を同時並行で進める場合もありますが、デザインの出発点になるのは「最終的に作りたい洋服に対してどんなファブリックが適しているのか」ということ。そういう意味で、大切なデザインの一つとして捉えています。
?? ブランドの初期の頃からオリジナルの生地を作り続けていますが、その理由とは?
前職の経験が、すごく大きな影響になりました。そこでは、「ものを作る」というのは机の上でデザインをして終わりではなく、ファブリックをどうやって作るかを考え、糸からデザインに直結させる、ということをやっていたんです。自分が初めて社会人になったときにそういう現場で働かせてもらえたことが、自分にとっては大きな財産になったと感じています。
なので自分のブランドを始めるときも、前提として、それまで培ってきたものづくりのやり方を変えたくないと思ったんです。もちろん、ブランドを始めたばかりの頃は資金力もなかったので、全てを十分にできるわけではなかったのですが、「自分がやりたいと思う生地づくりを少しずつ増やしていこう」という気持ちで始めたら、いつのまにか全ての生地をオリジナルで作ることができるようになりました。

Image by: Ichiro Mishima
???製作の過程で、黒河内さんは各地方の産地や職人のもとに自ら赴くことを大切にされていますが、それはなぜですか?
職人さんたちとは、どうしても電話やメールでは十分にコミュニケーションできないんです。もちろん、発注書を流すだけでものづくりができないわけではないのですが、自分自身ブランドをやっていく上で、「対話」というものをすごく大切に思っていて。可能な限り現場に足を運んで直接顔を見合わせて話し合うことで、お互いが持つイメージを共有できる部分もありますし、「言語化できないもの」を作ることを目指すためには、「どういう時間を共有するか」が重要になってくる。それを考えると、作り手の方たちと直接顔を見て仕事をするのは私にとってすごく大切なことなので、これまで時間が許す限りそのようにしてきたつもりです。
???具体的には、職人さんたちとはどのような対話を重ね、ものづくりを進めていかれるのでしょうか?
基本的に、私が「こう作ってほしい」と細かく指示をする形ではなく、「こういうものを作りたいんですけど、どうしたらいいですかね?」と現場の方たちに意見を聞くことが比較的多いです。そうやっていろいろな人との対話や協働によって生み出されるからこそ、自分の中にあったインスピレーションやスタートのアイデアが、200%にも300%にも肥大していく。だから、でき上がったものが届いたときには、いい意味での驚きや発見があるんです。それがチームで仕事をする面白さだと感じていますし、作り手の方たちからそのようなギフトをこれまでたくさんいただいてきたことには、本当に感謝しています。
ピュアな感動を、押し付けがましくなく共有したい
?? そういった製作の背景を、「The Story」としてブランドの公式サイトやSNSで非常に細やかに、継続して発信されています。その背景にある意図や思いとは?
ブランドを始めた当初の2010年代は、今ほどSNSのあり方が企業的ではなくて、もっとパーソナルな時代だったと思うんです。当時は今のブランドのインスタグラムも自分のパーソナルなアカウントでしたし、みなさんが何かを食べて「おいしい」と思ってあげるのと同じ感覚で、単純に自分が見たものや感動したもの、「これすごく綺麗だな」「楽しいな」と思うことを投稿していたというのが、最初のオーガニックなスタートでした。
?? そこから、より意識的に発信するようになったきっかけはあったのでしょうか。
ブランドの公式サイト上で「The Story」を始めたのは、2018年にパリでの本格的な発表をスタートしたことがきっかけでした。展示会ではなく、モデルに服を着てもらいショー形式でお客様に世界観を見せるとなったときに、完成したコレクションの背景にあるストーリーを、海外のジャーナリストやバイヤーの方々にすごく訊かれたんです。
それまではベースが日本だったので、特に声を大にして伝えなくても自然と伝わっているところがあったのですが、「他の国の人たちには、きちんと伝えていかないと伝わらないんだ」ということをそのときに強く感じました。

初めてパリで発表した2018年秋冬コレクション
Image by: Mame Kurogouchi

???実際に製作背景を発信し始めてみて、顧客からの反応などに変化は?
製作の背景を伝えたことで、お客様からの反響を自分自身も強く感じたので、ブランドとしてより意識的に発信しようと思う大きなきっかけになりました。それまでは、そういった製作の話をするのは少し押し付けがましい気がして、どちらかというとあまり言いたくなかったんです。最終的なプロダクトになったときに「この服かわいいな」と思うことが、私にとってはファッションの正義だと思っていたこともあり、プロセスはそんなに必要ないと考えていました。
でも、自分が普段やっていることを「知りたい」「面白い」と思ってくださる人がいるということを知って徐々に考え方が変わって。今では、できる限り丁寧にお伝えするよう心掛けています。
?? 発信を続ける中には、日本の素晴らしい技術や、失われつつある技術を知っているからこそ伝えたい、という思いもあるのでしょうか?
もちろん、そういった思いはあります。ファッションという大きな産業において、一つのブランドが行うアクションは決して無意味ではなく大切なことですが、産業全体として大きな流れを生み出すためには、これまで製造業に全く関心がなかった方々も含めた、より多くの人たちにも興味を持ってもらうことが重要だと思っていて。だから、そうした一つのきっかけになれば嬉しいですね。
でも、やはり押し付けがましくはなりたくなくて。本当に純粋に「こんなにすごいことができるんですよ」「こんなに綺麗なんですよ」という感動を共有したい、という気持ちだけです。なんだか圧があると、冷めたりするじゃないですか。それよりももっとピュアな「綺麗だな」「触ってみたいな」と思う気持ちの方が大切だと思うんですよね。
???そういったピュアな感動を失わないために、普段から心掛けていることはありますか?
あまり情報を入れすぎないようにすることですかね。情報過多になってしまうとどうしても見落としてしまうことがあるので、そうならないように日々心掛けています。例えば、日常の中で「あのシミ綺麗だな」とか「なんかあれ気になるな」と思うものがあったときに、それを忘れないようにする。思っただけではすぐに忘れてしまうので、ノートに書き残したり、身近な人に話したりするようにしています。

黒河内が常に持ち歩いているというノート(「Mame Kurogouchi: Notes on Fabric」展にて)
Image by: Ichiro Mishima
そういう小さな発見のようなものは、本当に日常の些細なことからやってくることもありますし、あとはコレクションの制作ごとに時間をかけて行っているリサーチの中で「学ぶこと」も、自分にとっては大切な要素としています。
?? コレクションのリサーチは、どのようにされているのでしょうか?
書籍を読んだり、その事柄に関する方に会いに行ったりとやり方はさまざまですが、テーマを自分ごととして、マメ クロゴウチとしてどう落とし込むかという作業をすごく大事にしています。なので、日常の中での直感的なことと、地道に学ぶことの両方が、私にとってのベースになっていると思います。
自身とブランドの「時間の経過」がもたらした変化
?? 2018年から発表の拠点をパリに移して以降、ものづくりの方向性や表現したいものに変化は生まれましたか?
その質問はすごくよく訊かれるのですが、回答としては「あるとも思いますし、ないとも思います」とすごく曖昧になってしまうんです。なぜあるかといえば、「フィジカルショー」という発表形式をとったのが2018年以降なので、ブランドのシーズンごとの世界観やコレクションをヴィジュアルや書籍などを制作して表現していたそれ以前とは、伝え方が異なります。だから、コレクションの見せ方や伝え方という点では大きな変化がありました。
ただ、それによってものづくりが何か大きく変わったということはあまりなく、プロセスとしては今までと同じことをしているつもりです。
?? では、ものづくり自体やその方向性に関しては、ご自身の中であまり変化はないんですね。
そうですね。でもやはり長くブランドをやってくる中で、自分自身もブランドも年を重ねてきているので、その時間の経過がブランドとしての変化にもつながっていると感じます。
もちろん、発表の拠点をパリに移したことも一つの要素ですが、ブランドを長くやっていくうちに、自分自身のものの考え方や何を表現したいかということは、当然少しずつ変わっていく。ブランドとしての根底が変わることはないですが、そういった意味で生まれた表現の深さや幅広さという部分が、実際に訪れている変化だと考えています。
?? ご自身が年齢を重ねる中で変化した部分というのは、具体的にデザインやものづくりにどのように反映されていますか?
例えば、20代の頃はドレスとヒールばかりを身につけていましたが、年齢とともにパンツスタイルを選ぶようになったり。自分の年齢やライフステージによって着るものの幅が広がってきたことで、クラシックでエレガントなものが多いマメ クロゴウチというブランドのワードローブにも広がりが生まれてきたのは、すごく面白いと感じています。
2011年春夏のデビューコレクションのときはレース素材のアイテムが多かったのですが、そのシーズンのコレクションを作った後、「この服じゃ反物を担げないから、もう少しジャージーとかニットが欲しかったな」と思ったり。毎回シーズン制作が終わるとその服を自分でも実際に着用するのですが、着てみて「次はこういうものが欲しいな」と思ったものが、オーガニックに次のコレクションに組み込まれていく、という感じが近いと思います。

2011年春夏コレクション
Image by: Mame Kurogouchi

平面から立体へ、作陶をきっかけに探求した新たなフォルム
?? 2025年の春夏と秋冬シーズンでは「かたち」に着目し、日本的なかたちの在り方や美意識にフォーカス。初期の頃と比べて、女性の身体や洋服のフォルムに対するアプローチに変化が生まれているように感じます。
ブランドを始めた当初のかたちやカッティングは、もう少し平面的な要素が多かったんです。首のアールや襟の抜けなどの曲線的なデザインは、日本の着物や伝統衣装などからも着想していますし、「女性の身体をどう切りとり、どう肌を見せることで美しく見えるか」という考え方がベースにありました。
そのベースは今もブレているわけではないのですが、近年はそこに奥行きが出てきたという感じが近いと思っています。元々は平面的に見えていたものに、身体と生地との間に余白がどんどん生まれて、その空間が新しいフォルムや形になっている感覚が近いですね。

「漆器」の形から着想したジャケット(2025年秋冬)
Image by: ?Launchmetrics Spotlight

焼くたびに表情を変える「餅」の形を探求したダウンコート(2025年秋冬)
「かたち」をテーマにした1年間のコレクションは、自分にとってもすごく勉強になった、練習を重ねたようなシーズンでした。今まで作ってきたフォルムの作り方とは異なる、「奥行きや余白のある空間の作り方」にコレクションのテーマを通して取り組むことができたので、とても面白かったです。結果として、それがまた新しいフォルムや着心地にもつながりましたし、実際に自分が思い描かなかったかたちとの出合いもあったので、今後のコレクションにとっても大切なものになっていくんじゃないかなと思っています。
?? 平面的だったフォルムが立体的になったのは、何か具体的なきっかけがあったのでしょうか?
その前の1年間、「伊万里」や「唐津」といった九州の焼物を着想源にしたコレクションを手掛けていたときに、陶器のボタンを自分で制作する中で初めて粘土を触ったんです。それまで、自分がデザインをする際はアウトラインから考えていたのですが、「形」や「体積」から作るという行為を初めてしたときに、その“思い通りにいかなさ”がすごく面白いと思ったんですよね。
それで、自分が描きたい「かたち」を見出してそれを形作っていく、体積を操るような考え方を服作りでできないかなと思ったのが、「かたち」がテーマのコレクションにしたきっかけです。
それまでの製作は漫画的な感覚で、描いたデザイン画と最終プロダクトの間にほとんど差がなかったんです。でも、「かたち」のコレクションを手掛けた1年間は、その考え方を逆にして。アウトラインからデザインを考えるのではなく、フォルムからどう削っていくかというプロセスをとったことが、新しいフォルムとの出合いに繋がったと思います。
?? その1年間で得たアプローチは、今後のクリエイションにどう活かされていくのでしょうか?
今既に準備が終わっている2026年春夏と2026年秋冬コレクションでは、「かたち」期の作り方と今までの作り方をそれぞれを混ぜてみました。自分の中で考えてやっていて、デザイン画を描いていてもしっくりこないと思ったら、一度「かたち」期のプロセスで考えてみたりと、今後は両方混ぜてやっていけたらと思っています。
手仕事や文化への探求は自身の「学び」
?? 近年は、漆器や伊万里、竹籠など、特に日本の伝統的な工芸品とその背景により強く関心をもたれている印象です。それらをコレクションのテーマにし続けている理由を教えてください。
自分の中で、ブランドとしての1つの大きなターニングポイントになったのは、2014年の「personal memory」です。そのシーズンは、祖母の記憶や日常をなぞったコレクションだったのですが、そのとき、自分の中にある手仕事やクラフトの要素を再認識したんです。それまではもう少し私小説的な要素が強かったのですが、そこに今のブランドの核となってくる「手仕事」や「文化」という、時間が蓄積されたものたちが入ってきた。それ以降のコレクションでは、毎回何かしらそういった手仕事の要素やインスピレーションがありそれをずっと続けてきただけで、別に日本のクラフトだけをテーマに設定しようと決めているわけではないんです。


2014年春夏コレクション
Image by: Mame Kurogouchi
でも、毎シーズンフィールドワーク的なリサーチを行うことで、自分の人生の中で「学び」があることに本当に感謝していますし、単純に自分自身がとても面白いと感じていて。そのことを、ファッションのコレクション製作を通して学べるというのは、本当に尊いことだと思っています。
仮にあと20年しかコレクションを作れないとしたら、「あと20個のテーマしか勉強できないんだ」と思ったり。だから、今は自分がすごく大切だと思うこの国の文化のことや、自分が美しいと思うことをコレクションを通して勉強して、それを洋服という別の形で関連することをやっているという感じですね。
?? コレクション製作のためのリサーチと学びは、まるで黒河内さん自身のライフワークのようになっているんですね。
それがまた次の人たちの興味に繋がっていったらいいな、とも思います。実際にお客様がマメ クロゴウチのコレクションを通して焼き物に興味を持ち、その作家さんたちの展覧会に行かれたりしているという話をギャラリーの方から聞いたりもするのですが、それはすごく素敵なことだなと。

初期伊万里から着想を得た2024年春夏コレクション
Image by: Mame Kurogouchi

佐賀の「古唐津」から着想を得た2024年秋冬コレクション
Image by: Mame Kurogouchi
かつて三宅一生さんは、コレクションを通してさまざまな作家さんとものづくりをされていて、そういった文化を三宅さんの作品を通じて私たちが知ることができたように、「ファッション」という枠を超えて共有できる素晴らしさがあると思います。だから、おこがましい意見ではあるのですが、私たちのものづくりが、何か少しばかりでも文化が続いていくことに繋がれば嬉しいですね。
「濃度を守りながらどう続けていけるか」
?? ブランド設立から15年。これからのブランドや黒河内さん自身の展望や目標を教えてください。
私は今、何か大きな飛躍というよりも「濃度を守りながらブランドをどう続けていけるか」ということに最も興味があります。今の時代にブランドを続けていくことには難しさも感じますが、その中でブランドを大切に思ってくれるお客様に恵まれているというのは、本当に尊いことだと思っています。
?? 「濃度」とは?
例えば先ほど展示で見ていただいたように、あれだけ豊富なファブリックがあれば、極論何でもアーカイヴで作れてしまうんです。それに、「こうすれば売れる」「こうすればビジネス的に成功する」といった方法もきっといろいろとある。でも、そういった方法を選ばず、毎回一から「糸を探してみようか」といった根源的なところからものづくりをしたくて。かなり体力を要することではあるのですが、幸せなことに、今はチーム全員がその道を一緒に走ってくれているので実現できています。
?? デジタル化やAIの発達などによって、あらゆるものが効率化?高速化していく時代の中で、黒河内さんはそれとは明確に距離を置いたものづくりをされていますよね。
最後の化石みたいな感じだと思います(笑)。でも、本当に自分でも、これほど時間の掛かるものづくりをするのは、私が一番最後の世代なんじゃないのかなと感じていて。自分より下の世代のデザイナーさんたちはまた異なる作り方をされていて、それはそれですごく面白いと思うのですが、私にとってはやはり「ローテクな在り方」がとても大切。だから、「その最後の世代としてそれを全うしよう」という気持ちでいます。

DESIGNEASTでのトークイベントに登壇した黒河内
Image by: 澤木亮平
最終更新日:
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【インタビュー?対談】の過去記事
RELATED ARTICLE




















