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2020年代初頭、若年層を中心にブレイクした「エムエーエスユー(MASU)」。2023年には、デザイナー 後藤愼平が世界て?活躍するテ?サ?イナーの輩出を目指すファッションフ?ライス?「FASHION PRIZE OF TOKYO」を受賞し、パリへ進出した。今では「新進気鋭のホットブランド」から「押しも押されぬ人気ブランド」に支持形態が変わったように思えるが、現在もイベントに500人を超える“マスボーイズ”が詰めかけるなどその熱は冷めることがない。その中で、2025年秋冬シーズンではこれまでの名作をアップデートした“振り返り”とも言えるコレクションを発表。そして、2026年春夏シーズンでは打って変わって完全新作を打ち出した。この発表形式の意図は何か。そして、ブランドが見据える未来とは。本格始動して7年、成長を続けるエムエーエスユーの新境地に迫る。
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「狂ったファッションサイクルに飲み込まれてしまう」一度立ち止まった2025年秋冬コレクション
??デザイナーとしてブランドにジョインして7年。振り返っていかがでしょうか。
それはもう濃い7年でした。一歩一歩目の前の目標をクリアしようと心がけてきた結果、気づいたら今に至っている感覚です。折角ブランドを任せてもらって生産背景も整っていたので、心の奥深くに刺さるオリジナリティのある服を広いターゲット層に向けて提案することをスタート当初から目指してきました。
売れる服を広く行き渡らせることは簡単で、更に言えば攻めたデザインの服を狭い範囲の顧客に対して提案することも難しくない。1番大変なのは、攻めたデザインの服を広い範囲の人に届けること。この難しいことをあえてやるというのをブランドの大きな軸にして、突き進んできた7年間だったと思います。

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??ブランドに参加した当時、現在の人気は想像できていましたか?
いやいや全然。正直、ここまで成長できるとは思っていませんでした。最初の頃は展示会を開いてもバイヤーさんは全然来てくれないし、プロの方からはなかなか認めてもらえなくて。でも、今でも良く遊びに来てくれる本当に服好きな友人たちがまず最初に認めてくれて、その自信を原動力にここまで来ることができました。あの時彼らに認めてもらえていなかったら、売れることに囚われてもっと「当てにいく」服を作っていたかもしれません。そうしたらプライズ(FASHION PRIZE OF TOKYO)は獲れていなかっただろうし、ブランドの未来は今とは違ったものになっていたでしょうね。
??2025年秋冬シーズンでは、これまでの名作をアップデートしたブランドの集大成とも言えそうなコレクションを展開しました。
このまま進んでいくと、狂ったファッションサイクルにブランドと僕自身が飲み込まれてしまい、エムエーエスユーがどこにでもある平凡なブランドになってしまうなと思ったんです。
??「狂ったファッションサイクル」とは?
今のファッション業界では、日々新しいものが発表されてはセレブリティが着用して異様な速さで消費され、少し時間が経てば古く見えてしまいます。トレンドについていくには、絶え間なく発表される新作を買い続けるしかない。消費者のためではなく、一部のお金持ちのためのサイクルです。それは僕の好きなファッションの形ではない。だから、その流れに逆行するように一度立ち止まって、ブランドが大事にしていたものを見つめ直したり、過去の反省をするような機会を作りました。評価された点や、今だからこそ見える改善点などを整理することによって、より深く屈伸し、ブランドとしてより高くジャンプするためのコレクションです。集大成と言うと美しく聞こえますが、実際はもっと生々しい自分との対話のような作業でした。

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??消費者の目線で言うと、数年前に買い逃して後悔していたアイテムをブラッシュアップして出してくれたので助かりました。
そういう声は嬉しいですね。現状のファッションサイクルにおいて、ブランド側は今回(2025年秋冬コレクション)みたいな機会がない限りは一度出してしまった服を修正することは基本的にできないですが、消費者も買えなかったアイテムを購入する方法は二次流通を除いてありませんから。双方にとって有意義なコレクションになったと思います。
MASUは「普通の服」、デザイナー 後藤愼平のデザイン哲学
??2026年春夏コレクションでは、再び1からデザインしたアイテムを発表。「屈伸してより高くジャンプするための2025年秋冬コレクション」を挟んだことで何か後藤さんの中で変わったことはありましたか?
服作りの根本的なマインドが変わりましたね。実は、パリで2025年春夏コレクションを発表したあたりから、一体誰に向けて服を作っているんだろうというのが分からなくなってきた感覚があって。発表する舞台が大きくなればなるほど、顔も名前も知らないお客さんに向けて服を発表することになるじゃないですか。ひとりぼっちの空間でデザインしているような感覚が日増しに強くなってきて、「このままじゃまずいな、狂ったファッションサイクルに飲み込まれつつあるな」と思ったんです。2025年秋冬コレクションで一度立ち止まって自分の足跡を確認したことで、元々僕は服が好きで好きで仕方なくて、服に生かされているような人たちに向けて服作りをしているんだということを思い出し、改めて自分の中でそれを軸にしようと決めました。ブランド初期の頃の純粋な感覚を取り戻して、また前に進めるようになったんです。

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??クリエイションの面で変化はありましたか?
2025年秋冬コレクションから、より商品のクオリティを上げるために生地や縫製工場などの生産背景を見直しました。ただ何事も最初から100%活用することはできないので、2025年秋冬コレクションで試験運転という「屈伸」をして、2026年春夏コレクションでより練度を高めて「ジャンプ」したという感じです。


ブランドネームも2025年秋冬コレクションを境にマイナーチェンジされている
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??生地までアップグレードするとは思い切りましたね。
エムエーエスユーのアイテムって、奇抜なように見えて実は「普通の服」なんですよ。だから、生地がすごく重要なんです。生地から伝わるメッセージもあったりするので、近年特にそこに費やす時間と熱量は意識するようになりました。
??エムエーエスユーの服は「普通」というには些か人目を引きすぎるような気がしますが(笑)。
デザインは奇抜だったりするかもしれないですが、どれもあくまでベーシックの形の中で遊んでいるんですよね。完全に見たことないものとか、突拍子がなくデザインを合体させたものとかではなく、必ずベースがある。今日着てくれているそのジャケットだって、ベーシックなブレザーを基にして、それを崩して製作しています。そういう意味で「普通の服」なんです。

記者私物(MASU 2025年春夏コレクション)
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??腑に落ちました。話は戻りますが、生地のクオリティを上げたにしては価格に転嫁された感がありませんよね。
アイテムのクオリティを上げたとして、お客さんを苦しめてしまっては意味がないので。サプライチェーンの中に人が入れば入るだけ価格は上がってしまうので、今まで「こんな感じでいいか」で済ませてしまっていた体制をしっかり見直し、極力価格を抑えるようにしました。
??後藤さんのクリエイションを見ていると、デザインの幅が広くて驚かされます。「前シーズンと別ブランドか?」と錯覚するほどに。
デザインの幅については僕が特別広いわけではなく、他のデザイナーさんも同じだと思います。ただブランドビジネスってイメージ商売なので、「ブランドのアイコンカラーはこれで、アイコンデザインはこれ」というのを続けて、その中でクリエイションを進化させていくことが基本とされている節があるんですよね。言い換えれば、アイテムの雰囲気を大きく変化させるのってリスクがあると思われているんですよ。ただ、僕はこれを疑っていて。ピカソが描いた絵は、スタイルや画風が全然違ったとしてもピカソじゃないですか。だから、毎シーズン違う世界をお客さんに見せるようにしているし、僕自身も新しい世界を切り拓きたい。そういう気持ちでコレクションを作っています。
??ピカソが描いた絵がピカソ。納得感があります。
もちろん、何も考えず闇雲に幅を広げると、「軸がないブランド」になってしまいます。コレクション製作で大切なのは、メッセージがあるかどうか。これがなければ、今の時代に物作りをする意味がありません。

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??例えば、先日発表した2026年春夏コレクションにはどんなメッセージが?
このシーズンでは、結果に辿り着くまでの過程とか、人間的なエラーを肯定できるようになってほしいという想いを込めました。現代ってSNSのアルゴリズムとかもそうですけど、多くのことが最適化されすぎてつまらなくないですか? 本来人間は不完全でエラーの連続なのに、それに対してストレスを感じる仕組みになってしまっている。だから今シーズンではわざと服にネップ(糸の繊維が絡み合ってできた不規則な繊維の塊)を残したりして、未完成ゆえの味や手仕事の魅力を表現しました。
“御三家”とエムエーエスユーの意外な共通点
??コレクション製作について聞いてきましたが、後藤さんが服作りそのものにおいて大切にしていることは?
3つあります。1つは時代性。トレンドに乗っかるということではなく、その時代を理解することです。時代を裏切るためには、時代を知る必要があるんですよ。だから僕は他ブランドのコレクションはしっかりチェックしているし、なぜこれが流行っているのかというのもしっかり調べます。「何も知らずに流行りに乗っかりました」ということほどダサいことはないですから。
2つ目はクオリティ。これについては先ほど話した通りです。
??最後3つ目は?
ユーモアです。前の2つだけだと、どうしても工業的というか、人間味に欠ける印象になってしまうんですよ。そこに少しの「隙間」や「遊び」「優しさ」を加えることによって、多くの人に長く愛される「良い服」になると思っています。


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2026年春夏コレクションではこのアウターとかが分かりやすいですね。ベースはタイムレスなMA-1ですが、そこにヴィクトリア女王時代のスタイルを反映したヴィクトリアンジャケットの要素をユーモアとしてプラスすることで、時代を裏切っている。品質に関してあえて多くは語りませんが、素材や加工のテクニックなど、多くの服を見てきた人にも満足してもらえるレベルだと自負しています。
??個人的にはラインストーンを配したこのパンツが好きです。
散りばめたラインストーンが宇宙を思わせる「ギャラクシートラウザーズ」ですね。元々はスタイリストの方と協業して衣装として一本作ったのがきっかけでした。商品化の要望をいただいてはいたんですが、見ての通りデザインが複雑なので従来の生産背景では量産ができず。ここを見直したことで、2025年秋冬シーズンからようやくコレクションに組み込めるようになりました。


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??まさしくファン垂涎ですね。エムエーエスユーのパンツはシルエットが綺麗で、スタイルアップが叶うのでつい手に取ってしまいます。
実は、スタイルアップの部分はブランドとしてかなり大事にしている部分です。うちのパンツはワイドシルエットかつハイウエストのものが多いんですが、このパターンってすごく日本的だなと思っていて。

MASU 2026年春夏コレクションより
Image by: MASU
??日本的とは?
例えばスキニーなど足の形があらわになってしまうパンツだと、シンプルな頭身勝負になってしまうじゃないですか。これはすごくヨーロッパ的な価値観に基づいたアイテムと言えると思っています。対して「コムデギャルソン(COMME des GAR?ONS)」や「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」、「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」のパンツを見ると、身体のシルエットや頭身が気にならない。これは着物から派生した発想で、日本人の体型に合っている形だと思います。
??「御三家」とエムエーエスユーの意外な共通点ですね。
学生の頃、ヨウジヤマモト プールオムのパンツを履いていたんですが、その時「これ欧米の人よりも絶対僕の方が似合うな」って直感的に思ったんです。それはなぜかと考えた時にこの答えに辿り着きました。エムエーエスユーでも当然ですが、自分が着用して納得いくシルエットの服を作っているので、自然と日本人と相性が良い形に着地しているんでしょうね。
現状は「ぬるい」、後藤が見るファッション大国日本
??2020年代初頭にブランドがブレイクしてから数年が経ちました。段々と「新進気鋭のホットブランド」から「押しも押されぬ人気ブランド」に変わってきているように思います。
一発屋で終わらず、恒常的な支持形態にシフトできているのはポジティブですよね。ブームのように見えていた時は供給量も少なくて、「即完売で当たり前」みたいな雰囲気だったんですが、最近は生産量を増やして欲しい人にしっかり届けられている感覚があるので健全だなと。いわゆるファッションオタクだけでなく、「なんとなく服に興味がある」層にもアプローチできており、手応えを感じています。

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一方で、これまでのファッション業界にない取り組みを増やし、ファンの皆さんをワクワクさせ続けることなくして今後の成長はないだろうとも考えています。「安定」と「マンネリ」は表裏一体だし、歩みを止めてしまったら、エムエーエスユーではなくなってしまうと思うので。今もいくつか面白いことを考えているので、楽しみにしてもらえたらと思います。
??7月に実施したファン向けオフラインイベントは500人以上の「マスボーイズ」が集結するなど大盛況でしたね。
振り返ると、顧客の年齢層が広がったなと。ブレイク当初は若い人たちのエネルギーが圧倒的に強かったけど、最近はその層はそのままに30代以上のファッションフリークが買ってくれることが増えました。「攻めたデザインの服を広い範囲の人に届ける」というブランド黎明期から目指してきた姿に着実に近づいている実感はありますね。

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??今後の課題を教えてください。
山積していますが、1番はクリエイションを強くすることですかね。デザインの幅を見せるところはできているので、次のステップはその一つ一つに更に深さを出して、うちにしかできない唯一無二のファッションを提案することだと思っています。
??ブランドの最終的なゴールは?
エムエーエスユーをめがけて海外のバイヤーたちがショーや展示会で日本に来てくれるようになることです。パリは好きですが、正直「なんで半年に一回わざわざパリで展示会を開催しなきゃいけないんだ」という思いはあります。現状海外バイヤーにブランドの服を手に取ってもらうにはそうするしかないんですが、ブランドの魅力がもっともっと高まれば、極論日本でしか展示会をやらなくても向こうから来てくれるはずなんですよ。そのタイミングで「ついでに日本の若手ブランドを見ていくか」となったら、日本のファッション業界全体の底上げにも繋げられて最高ですよね。

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??今後、日本のブランドがもっと世界で評価されるようになるためにはどんなことが必要だと思いますか?
外国への憧れを捨てることだと思います。フランスの人が寿司を作ろうとして、無理に日本人の口に合わせた寿司を作っても、多分日本人は美味しいと言わないと思うんですよ。それと同じで、ヨーロッパの人に評価してもらおうと向こうに阿(おもね)った服を作っていては本場の人には絶対に勝てない。さっきの日本的なパンツの話もそうですけど、自分たちにしかできないモノづくりを追求することが世界で戦う武器になると思います。
??暮らしているとあまり実感はありませんが、日本も「ファッション大国」ですもんね。
そこが日本の良い面でもあり、悪い面でもありますよね。国民のファッションに対する関心が他国より高いため、覚悟や信念のないブランドでもそれなりに売れてしまう。言わせてもらえば「ぬるい」。だから、厳しい目を持つことが必要だと思います。ファッションに関する賞も、義務的に選ぶのではなく審査員の基準に達しなかったら芥川賞みたいに「該当者なし」という選択肢もアリなのかなと。そうして厳格にしていくことによって作り手のレベルが上がり、日本が本当の意味での「ファッション大国」に近づいていくのではないかなと思います。
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