東コレデザイナー、海外での企画生産を経てアパレルメーカーのアジア展開を担当する佐藤秀昭氏の視点から、中国でいま起こっていることをコラムでお届けする連載「ニイハオ、ザイチェン」が期間限定で復活。今回は、今夏オープンしたばかりの「メゾン マルジェラ」のカフェをレポートする。
(文?佐藤秀昭)
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今回の上海出張は1ヶ月間となる。期間は限られているが、どうしても行きたいところがあった。7月上旬に上海に出来たばかりの、カフェが併設された700平米を越える「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」の世界最大級の旗艦店だ。日本では未展開のマルジェラカフェは中国成都に続き、ここ上海が2店舗目の出店となる。
僕がこのブランドに興味を持ったのは16歳の時だった。
メゾン マルジェラがまだ「メゾン マルタン マルジェラ(Maison Martin Margiela)」という名前で、友人から紹介された1995年にストリート編集室から発行された作品集に衝撃を受け、夢中になったことを今でも覚えている。
洋服の再構築やコンセンプチュアルなコレクション、無地か丸で囲われた数字のみ記されたブランドタグ、古着をリメイクしたアーティザナルラインや古着加工の新品の洋服、全ての什器が白い布で覆われた店内、白衣を着たショップスタッフ、白いペンキで塗られたデニムやブーツ。全てが斬新だった。
ブランドの服自体が高価なこともあり、しがない一学生がなかなか簡単には手にすることはできなかったが、ラーメン屋で深夜のアルバイトをして、映画「スワロウテイル」で三上博史が着ていた「AIDS Tシャツ」をかつて恵比寿にあった本店に清水の舞台から飛び降りるつもりで買いに行ったことを覚えている。ニット、シャツ、デニム、バッグ——それから少しずつ買った洋服たちは今でも全て現役だ。ブランド名が変わろうと、デザイナーが変わろうと、今でも店舗を訪れるとその一貫したコンセプトと緊張感に背筋が伸び、1枚1枚の洋服の表も裏も穴が空くほどにじっくりと見てしまう。僕にとって一番好きなブランドは16歳からずっとマルジェラだ。
◇ ◇ ◇
上海にある「メゾン マルジェラ」の旗艦店は、ラグジュアリーブランドや高級ホテルが立ち並ぶ南京西路エリアのJC PLAZA(锦沧文华广场)にある。隣には「ジル サンダー(JIL SANDER)」「マルニ(MARNI)」「アミリ(AMIRI)」が巨大な広告とともに荘厳に並んでいる。
中国ではラグジュアリーブランドの店舗のスケールに圧倒されることが多い。その背景には、現在、世界全体でラグジュアリーブランドの市場がパンデミックの影響で停滞しているが、中国では年々成長を続けている状況がある。中国でも話題になることが多い2021年4月に開業した「寧波阪急」は将来的な年間売上高目標を開業初年度で超える見通しと報道されている。中国全体としては、2025年には世界一のラグジュアリーブランドの市場になるそうだ。
また、昨年「ルイ?ヴィトン(LOUIS VUITTON)」はラグジュアリーブランドとして初めて中国のSNS型ECアプリである「RED(小紅書)」に参加し、「ディオール(DIOR)」「サンローラン(SAINT LAURENT)」「フェンディ(FENDI)」「ロエベ(LOEWE)」などもその後を追随した。メゾン マルジェラもまたしかりだ。そして「プラダ(PRADA)」が抖音(Tiktok)でのライブコマースを実施したことからもラグジュアリーブランドの中国市場、特にデジタル世代に対しての姿勢が伺える。ラグジュアリーブランドは本気で中国を攻めていると感じる。
メゾン マルジェラに話を戻そう。
ベージュのグラデーションの大理石調のパネルが不規則に並ぶ旗艦店の外観には、そのパネルの上に「MAISON MARGIELA PARIS」と大きく描かれている。
友人が写真を送ってくれた、店先に配置されたブランド名の書かれた真っ白のバンや、テイクアウト用コーヒーカップの巨大なモニュメントは、残念ながら、オープン時のみの展示だったようで見当たらなかった。
1階に入ると外観と色調を合わせた大型の什器にコレクションラインとバッグ、シューズが贅沢に展開されていた。灰色の打ちっぱなしのコンクリートと大理石のベージュが上下に分けられた壁を横目に緩いカーブの階段から2階に上がると「レプリカ(REPLICA)」シリーズの香水とキャンドルが整然と並んでいて、その隣のスタジオのように区切られた個室では「Glam Slam」シリーズのバッグが、映像と音楽に合わせて展示されていた。
今回訪れたかったカフェはその奥にある。白とベージュを基調とした、天井までの柱が布で覆われた内観で、週末の昼下がりに訪れたこともありレジには若者を中心に行列ができていた。
ブランド名がエンボス加工された足袋の形のコースターの上に置かれたカフェラテは760円、ブランドのアイコンである4本のステッチをデザインにしたチョコレートケーキと、足袋をモチーフにした抹茶とバニラのケーキはそれぞれ1700円だった。価格は決して安くはないがとても洗練された味で、中華料理で少し疲れていた胃に優しく甘く浸透し、濃厚なチョコレートに身体が喚起していることが分かった。
そして、ケーキを食べ終わった後の、持ち手が白いペンキで塗られたフォークとスプーンを見て、16歳の頃の僕が蘇り自然と少し笑みがこぼれた。
斎藤和義「ずっと好きだった」
>>次回は10月10日(月?祝)に公開予定
(※次週10月3日は休載いたします)
■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
?vol.19:上海のファッションのスピード
?vol.18:ニッポンザイチェン、ニイハオ上海
?vol.17:さよなら上海、サヨナラCOLOR
?vol.16:地獄の上海でなぜ悪い
?vol.15:上海の日常の中にあるNIPPON
?vol.14:いまだ見えない上海の隔離からの卒業
?vol.13:上海でトーキョーの洋服を売るという生業
?vol.12:上海のスターゲイザー
?vol.11:上海でラーメンたべたい
?vol.10:上海のペットブームの光と影
?vol.9:上海隔離生活の中の彩り
?vol.8:上海で珈琲いかがでしょう
?vol.7:上海で出会った日本の漫画とアニメ
?vol.6:上海の日常 ときどき アート
?vol.5:上海に吹くサステナブルの優しい風
?vol.4:スメルズ?ライク?ティーン?スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
?vol.3:隔離のグルメと上海蟹
?vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
?vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
?プロローグ:琥珀色の街より、你好
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