

中国でいま何が起こっているのか。「トウキョウリッパー」でデザイナーを務め、現在は化粧品会社に勤務する佐藤秀昭氏によるコラム連載「ニイハオ、ザイチェン」が期間限定で復活。再訪中の目的は、上海ファッションウィーク。日本ブランドの現在地を探るべく向かった合同展示会の会場では、思いがけないさまざまな出逢いがあったという。なかには20年前、同氏が「東コレデザイナー」と呼ばれていた頃の記憶が、ふいに蘇るような再会も──。
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(文?佐藤秀昭)
?一緒に聴きたいBGM:?サニーデイ?サービス「青春狂走曲」
>>前回記事「上海で思い出した1996年、秋、渋谷と裏原宿」はこちら
今回、3年ぶりに上海を訪れた理由のひとつは、上海ファッションウィークの会期中に行われる合同展示会に訪れることだった。ニッポンのブランドがどんな空気をまとっているのかを自分の目で確かめ、そして、そこに集まる人たちに会いたかったからだ。
上海ファッションウィークは年に2度開催される、中国最大級のファッションイベントである。国内外から数多くのブランドが集まり、ランウェイショーや展示会、街を巻き込む関連企画が同時多発的に立ち上がる。その期間、上海という都市は、いつもよりわずかに歩調を速める。
展示会は、高揚感のあるランウェイとも完成された店舗とも異なる場所だ。ビジネスの意図とリアルな手触りが同じ空間で交差し、数字や条件が行き交う一方で、布の揺らぎやステッチの軌跡、作り手の佇まいを感じることができる。
そんな展示会の会場で思いがけない出逢いがいくつも重なった。初めて言葉を交わした人、3年ぶりに顔を合わせた旧知の人。そして、20年の時を経てあらためて会話をすることになった人もいた。
その記憶と手触りと気づきを言葉に残しておきたいと思った。
シン?ショールーム(XIN SHOWROOM)
最初に足を運んだのは、20年来の友人である幸田康利さんが2015年から上海で主宰している合同展示会「シン?ショールーム(XIN SHOWROOM)」。会場は、上海?静安区にあるビルの一角。周囲には、まだ足場の残る建物と新しくできたばかりのカフェやギャラリーが混ざり合っている。ここは「更新の途中」にある街だ。

会場には、「アシードンクラウド(ASEEDONCL?UD)」「ボディソング(BODYSONG.)」「メグミウラ ワードローブ(MEGMIURA WARDROBE)」「ストフ(STOF)」といったニッポンのファッションシーンにおいても一際コンセンプチュアルなブランドが並んでいた。
そこで初めて出会ったのが、「コンダクター(el conductorH)」のデザイナー 長嶺信太郎さんだった。音楽やユースカルチャー、ほのかな反骨の気配を下地に、テーラードやミリタリー、ワークウェアの要素を組み替えていくその服たちは、展示会場のなかで不思議と視線を引き寄せていた。
























Image by: el conductorH
今シーズンのテーマは「Asian Blood」。東アジア各地を巡る展示会の旅のなかで出会った人や文化、日々の風景が、服に昇華されている。ただ、カンフージャケットやコリアンスーベニアジャケット、袴型のパンツも、特定の様式をなぞるのではなく、一度ほどいて組み直す。その混ざり合う過程そのものが表現として成立していた。
話を聞いているうちに、長嶺さんがいま上海に立っている理由も見えてきた。2017年に設立したブランドは日本ではすでに約30店舗を展開し、その先を考えたとき、海外、とりわけアジアへと歩みを進めるのはごく自然な流れだったという。現在は東京、上海、ソウルの3都市で展示会を行い、現地との距離を少しずつ確かめるように縮めている。
中国市場については、独自のSNS環境や内外価格差といった難しさはあるものの、感覚的な隔たりはそれほど大きくないと語る。「日本で支持されているものは、中国でも支持される」。その言葉には、現場で積み重ねてきた実感が静かに滲んでいた。
オンタイムショー(Ontimeshow)
「オンタイムショー(Ontimeshow)」は、上海ファッションウィークの中でも、確かな存在感を放っている展示会だ。会場となっていたのは、西岸国際会展中心(WEST BUND INTERNATIONAL CONVENTION & EXHIBITION CENTER)。

地下鉄をいくつか乗り継ぎ、最後は広い空の下を歩く。その距離感こそが、この展示会の空気をつくっているようにも思えた。時間と目的を持った人だけが集まり、同じ空気を吸っている。
ここでは派手な演出はなく服が主語であり、目的語になる。そんな展示会の一角に設けられていたのが、JETRO主催の展示スペースだ。

この展示会に声をかけてくれたミヤさんは文化服装学院を卒業した後、日本でアパレル、マーケティング会社を経て、2011年に上海に渡り、現在はサステナビリティと向き合いながら植物由来の繊維「PLA(ポリ乳酸)」の開発をしている。僕にとっては3年前にお会いした時から“保護猫界の安西先生”のような存在で、コロナ禍の上海で2匹の猫、キラとからあげクンを保護していた頃から、昨年日本で思いがけず2匹の子猫と出会ってしまったときまで数えきれない助言を分けてくれた人だ。



コロナ禍に保護し、3年ふ?りに再会したからあけ?クン
そんなミヤさんが最初に紹介してくれたのが「ロマンスインジップ(Romance in ZIP)」。YKKに別注したオリジナルファスナーを主役に据えたアクセサリーブランドだ。 ?
現在も会社勤めを続けながら創作に向き合うデザイナー 里桜さんによるアクセサリーは「ZIP ART?」と商標登録され、「ファスナーを開く、閉じる」という行為そのものを表現の核に据えている。そのクリエイションは国内外での受賞を重ねることで評価を積み上げ、アクセサリーでありながら「デザイン」の領域を越え、「製品技術」としても認められてきた。そうした実績を背景に、今回はJETROの支援ブランドに選定され、初の海外展示会出展に至ったという。





世界的にも高い評価を受ける日本のYKK製ファスナーを、装飾品の次元へと昇華させる発想。アクセサリーを「身につける人そのものを語る表現」として捉える思想。そして、日本のものづくりに裏打ちされた確かな技術。その3つが重なり合うことで、中国市場においても十分に響く可能性を秘めているように感じられた。
続いてミヤさんに紹介してもらったのが、「ノウハウ(NOWHAW)」だった。資料を見るとパジャマブランドという括りになるが、実際に服を手に取った瞬間、その説明だけでは収まりきらないことがすぐに伝わってくる。



このブランドが向き合っているのは、生活そのものだ。縫い代が肌に触れない仕立て、十分な容量のポケット、ずり落ちない袖口や裾。寝室からリビング、そして少し外へ出るところまでを自然につなぐために設計されている。年齢や体型を問わない「For everyone wear」という思想が、言葉ではなく仕様として伝わってきた。
ノウハウはこれまで、アーティストや感度の高いショップ、宿泊施設などとのコラボレーションを重ねることで評価を積み上げてきた。今後は中国の高級ホテルでの導入も視野に入れ、その可能性を探るべく今回の展示会に参加しているという。
また、このブランドの中国での受け皿となっているのが、「コードトレード上海(Chord Trade Shanghai)」という会社だ。今回話を聞かせてくれた創設者の一人である吉田雅由さんは、10数年にわたり日中間の貿易と流通の現場に携わってきた人物である。
現在は、「ヤエカ(YAECA)」や「コズミックワンダー(COSMIC WONDER)」も取り扱うライフスタイルショップ「コードザストア(CHORD the store)」、キャンプギアショップ「ノマドユニオン(NOMAD UNION)」を上海で運営。ファッションにとどまらず、日本のアートや工芸、ナチュラルワイン、キャンプといった分野まで、背景にある文脈や物語ごと中国へと届けている。


その取り組みは、蔦屋書店をはじめとする中国各地の書店やセレクトショップへと静かに広がっている。日本のものづくりや思想を、中国の暮らしのなかでどう響かせるか。その問いを積み重ねてきた会社なのだと感じた。
◇ ◇ ◇
オンタイムショーの広大な会場内を歩き回っていると、ふと視線の先に見覚えのある顔があった。「ショールーム キャッツ(SHOWROOM CATS)」を主宰する兒玉キミトさんだ。

キミトさんもまた2008年に事業のベースを上海に移し、セレクトショップ型ショールームとクリエイティブプロダクションを運営しながら日中のブランドやデザイナーを橋渡ししてきた人物だ。最近は展示会のみならず、中国現地でのポップアップやイベントなどにも関わり、日本と中国、2つのマーケットを横断する存在として知られている。
ブース内に数多くのブランドが並ぶ中で、自然と目が止まったのが「ウィザード(WIZZARD)」だった。



トーキョー発のブランドとして、音をまとったストリートの空気とモードの緊張感を行き来するブランドという印象を抱いていたが、展示会という場で向き合うのはこれが初めてだった。並べられたサンプルの前で来場者一人ひとりに向けて、ブランドの関係者らしき人物が言葉を選びながら説明を重ねていた。その飄々とした横顔に視線が触れた瞬間、忘れていたはずの記憶が音もなく蘇った。
それは20年前。自分が「東コレデザイナー」と呼ばれていた頃、その服をバイヤーとして手に取り、向き合ってくれていた人物??それがウィザードのデザイナー 佐藤幸史さんだった。
改めて自己紹介をするとそのことをきちんと覚えていてくれ、握手とともに迎えてくれた。会話は自然と僕たちの時間が交差していた2000年代の原宿へと遡っていった。
当時の東京、とりわけメンズブランドの空気を語るうえで原宿のキャットストリートにあったセレクトショップ「カンナビス」の存在は外せない。現在は「グラフペーパー(Graphpaper)」や「フレッシュサービス(FreshService)」のディレクターをはじめ、さまざまなプロジェクトを手掛ける南貴之さんが当時はその店のバイヤーだった。
「ジョン ローレンス サリバン(JOHN LAWRENCE SULLIVAN)」「ソーイ(soe)」「アナログライティング(ANALOG LIGHTING)」「アンリアレイジ(ANREALAGE)」「エンダースキーマ(Hender Scheme)」「ジュヴェナイル ホール ロールコール(JUVENILE HALL ROLLCALL)」、そして佐藤さんが手掛けていたウィザード。新しいトーキョーの輪郭をつくるようなブランドが店頭に並び、僕が手掛けていたブランドもその片隅にそっと潜んでいた。
ECもSNSも、まだいまほどの影響力を持っていなかった時代。カンナビスは、単にモノを並べる場所ではなく、コトとヒトが交差する編集装置のような役割を果たしていた。デザイナーやバイヤー、スタイリスト、クリエイター、モデルたちが自然と集まり、何気ない会話の行き交うなかから、次のシーンが生まれていった。
振り返ってみると、あの場所で交わした何気ない言葉たちや出逢った友人たちが、いつの間にか自分に影響や刺激を与えていたのだと思う。当時は意識していなかったが、そこにはもう戻れない速さで過ぎ去った“青春”という時間が確かにあった。
やがて僕はブランドを畳むことになる。一方でウィザードは、日本を代表する多くのミュージシャンたちにも愛されながら、この20年で確かな歩みで成長を続けてきていた。現在では中国を軸に海外へと広がり、その比率は日本とほぼ肩を並べるまでになっているという。生産の主軸も中国へと移り、あの頃とは違うフェーズで、同じ時間を別の速さで進んでいる。










Image by: WIZZARD
ウィザードのコレクションルック
展示会場でも中国の仕入先と真摯に向き合う佐藤さんの姿を眺めていると、もはや「Made in Japan」というラベルだけが無条件に価値を持つ時代ではなく、重要なのはどこで作るかよりも誰と作るか、ブランドの思想を受け止められる生産背景ときちんと向き合えるかどうかということを学ばせてもらった。
◇ ◇ ◇
今回、上海での展示会を巡るなかであらためて実感したのは、ニッポンのブランドが、チャイナという国とどう向き合うかについて、「これが唯一の正解だ」と言える答えは存在しない、ということだった。
ロマンスインジップのように、日本で培ってきた技術や思想を誠実に問いかける選択肢もあれば、ノウハウのように、現地の暮らしの中へ文化として溶け込ませていくやり方もある。また、コンダクターのように、中国で得たエッセンスをデザインへと昇華させるアプローチもあれば、ウィザードのように揺るぎない世界観を保ったまま、中国を生産拠点としマーケットとも正面から向き合う方法もある。
手法はさまざまだが、共通して感じられたのは、自分たちがどこに立ち、何を拠り所にしているのかが明確に定まっていることだった。
この国ならではのスピードや熱量、矛盾や余白、そして時に理不尽さをどう受け止めどう消化していくか。その哲学がクリエイションにもスタンスにも投影されているのかどうか。そして何よりも、それを何年も何年も継続していく覚悟があるかどうか。騒がしいこの街の中でも、そうした条件を備えたブランドの声ははっきりと届いていたように思った。
そして最後に、この街で生まれた出逢いと思いがけない再会に感謝をしたい。
20年前の原宿に始まった協奏曲は、幾度もの季節を渡る間奏をくぐり抜け、上海で偶然交わったフレーズが次の一音となって、新しい旋律へと流れ込んでいく。この先、それぞれのブランドが紡いでいく幾層にも重なる音色、そしてその響きにこれからも耳を澄ませていたいと思った。
最終更新日:
■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
?vol.28:上海で思い出した1996年、秋、渋谷と裏原宿
?vol.27:上海で逢った魯迅とハローキティ
?vol.26:上海ファッションウィークで聴く2つのTomorrow Never Knows
?vol.25:3年ぶりの上海の風に吹かれて
?vol.24:3年ぶりの上海でどこにいこう
?vol.23:BACK TO THE 琥珀色の街
?vol.22:上海ファッションウィークと日曜日のサウナ
?vol.21:上海の青い空の真下で走る
?vol.20:上海でもずっと好きなマルジェラ
?vol.19:上海のファッションのスピード
?vol.18:ニッポンザイチェン、ニイハオ上海
?vol.17:さよなら上海、サヨナラCOLOR
?vol.16:地獄の上海でなぜ悪い
?vol.15:上海の日常の中にあるNIPPON
?vol.14:いまだ見えない上海の隔離からの卒業
?vol.13:上海でトーキョーの洋服を売るという生業
?vol.12:上海のスターゲイザー
?vol.11:上海でラーメンたべたい
?vol.10:上海のペットブームの光と影
?vol.9:上海隔離生活の中の彩り
?vol.8:上海で珈琲いかがでしょう
?vol.7:上海で出会った日本の漫画とアニメ
?vol.6:上海の日常 ときどき アート
?vol.5:上海に吹くサステナブルの優しい風
?vol.4:スメルズ?ライク?ティーン?スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
?vol.3:隔離のグルメと上海蟹
?vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
?vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
?プロローグ:琥珀色の街より、你好
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