ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。第13回は、同氏にとっての「2022年ベストバイ」でもあるという、ヴィンテージの「バーバリー(Burberrys)」からステンカラーコートを紹介。「三拍子そろった役満個体」「究極体」と称賛するこのコートの魅力とは?
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年末年始は一年の中でも最も好きな時期だ。帰省などでたまにしか会えない遠方や地元の友人?家族に会ったり、本業の方の業界も年末年始は市場が鈍化することもあって仕事も落ち着きがちであったり、何となくみんなが一緒に緩やかな雰囲気に包まれるのが好きだ。クリスマスや大晦日、正月あたりの様式美的なイベントの数々も良い。人々の生活の在り方が多様化した今だからこそ、時たま訪れる世間のみんなが同じイベントを同じように楽しんでいる様はなんだか安心感があって悪くない。そんな年末の恒例行事の中でも僕が楽しみにしているのが、皆の「今年のベストバイ」の紹介を見ることだ。
今年一年さまざまな出会いがあった中で、モノの質やお気に入り度、ストーリーなどを踏まえて最もよかったものを選ぶなんてことは容易じゃない。だからこそ、誰かが選ぶベストバイにはその人の軸になっている趣味趣向や直近の気分、あるいは今後こういったものが面白いと感じているんだろうといったような含蓄にあふれている。FASHIONSNAPの名物企画の連載も好きでよく読むのだが、皆が一つのモノを選び、手に取るに至る基準は本当に多種多様であり、かつ自由であるのかを実感できる。今年一年の購買を振り返ってどのアイテムのどんなところが響いたのかを考えることは、自分がモノを選び取るときのよりどころになる“感性の軸”をより強くしていくことにも、そして新たな興味が向かう先を予測することにもつながると思うのだ。という訳で、今回は僕が今年買ったモノの中でも最もよかったアイテムの一つであり、ヴィンテージの「バーバリー(Burberrys)」では“究極体”と呼ぶにふさわしい、とあるステンカラーコートのB面的魅力を紹介して2022年を締めくくりつつ、僕の来年の購買の行く先を考えたいと思う。
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バーバリーのコートは以前別のコラムでも挙げたことがあるが、今回紹介するのも同様のシングルラグラン(一枚袖)と言われる一部のレアなヴィンテージバーバリー特有の仕様のもの。本来、ラグランスリーブは2枚の布を張り合わせるように作られるのが一般的だが、シングルラグランは1枚の布で腕を包み込むように袖を形成する為、流れるような美しい肩のラインを形成する。縫製に手間がかかる上、要尺も多くなるため大量生産も難しくなる。バーバリーのパターンオーダーのオプションの一つだった、という説もある珍しい仕様で、出会える確率は市場に出回るヴィンテージのバーバリーのコートのうち1000着に1着ともいわれる。近年ヴィンテージ市場でも大きな支持を集め、「アナトミカ(Anatomica)」や「レショップ(L'ECHOPPE)」などの人気ショップのアイテムにもサンプリングされるなどで認知度が高まった。
バーバリーのステンカラーコートといえば、多くの人が思い浮かべるのは同社の専売特許であるベージュのギャバジンの表地に、ノバチェックの裏地の組み合わせが王道中の王道だろう。一方で僕が今年買ったのは、表地も裏地も真っ黒な個体だ。黒単色のコートと言われると、現代でこそ定番色でありさほど珍しくはないが、黒という色は歴史をさかのぼると一般的に冠婚葬祭のイメージが強く、ファッション的に気軽に取り入れられるようになったのはごく最近のこと。ヴィンテージのような古い年代の洋服では特に見つかりづらい色とされており、黒いヴィンテージの個体が売りに出されると争奪戦になることも少なくないのだ。ことバーバリーのコートにおいてもヴィンテージで探せば黒い個体はほとんど存在せず、同ブランドの古着に強い有名店数店の入荷を日々見張っていても、出てくるのは多くて年に3~4着が関の山だろう。加えてその3~4着の中に、1000着に1着と言われるシングルラグランの個体が含まれている確率は、天文学的とまでは言わないが極めて低いと言って差し支えない。
色が黒でシングルラグラン、というだけでも相当に珍しい物になるのだが、極めつけはこの個体に使われている生地。体感ではあるが、ヴィンテージバーバリーのコートでも市場に出回る数としてはまずコットンやコットンポリが王道で、ウール系のヘビーな生地を使ったものは比較的少ない。さらにそこからツイード生地であったり、アルパカ生地やローデンウールなどの獣毛系になれば、ますます見かける数は少ない。そしてそれを踏まえてだが、今回紹介する僕のコートに使われる生地は、なんとカシミア100%なのだ。これは個人的に案外とんでもないことだと思っており、シングルラグランで色が黒、そして生地はカシミアという「シルエットや色などの実用性の良さ」「希少性の高さ」「モノとしての質の良さ」どれをとっても申し分のない、まさに“役満個体”と言える逸品なのだ。
希少性だけでモノの良さを測るつもりは全くないが、このコートの面白いところは希少性の高さだけではない。こういった所いわゆるイレギュラーな個体は個人のパーソナルオーダー品であることが多く、色が黒であればどこかの誰かが喪服やフォーマルウェアとしてあつらえたものであることもよくある。しかし今回僕が手に入れた個体は、タグから見るにドイツに存在したとあるショップの別注品であることがわかる。同店の別注バーバリーは時たま市場で見かけるのだが、使っている生地や採用するパターンなどといったディテールが「こんなのが欲しかったよね」という非常に気の利いた仕様のものが多く、定番品では出会えない珍品でありながら、良い塩梅のデザインバランスに落とし込まれている良品でもある確率が高い。現代人の目線から見ても唸るような別注をかける洒落たショップがわざわざ黒という色でオーダーをかけていたという事は、おそらく当時でも定番を大きく外したB面的逸品であったのであろう。そんな洋服が時を超え自分の元にやってきたという事実は非常に感慨深く、そういった出会いも含めて文句なしの僕の今年の「ベストバイ」だ。
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2022年、今年はわかりやすい変化が多い年だった。引っ越して初めて西日本に住んだり、本業の方の担当業務が変わって営業に出ることが多くなり、新卒時代ぶりにスーツで働くことが多くなった。私生活の方ではパーソナルジムに通って半年で11.5kg痩せてみたりした。食生活も改善を余儀なくされ、以前はほとんど毎日家で晩酌をしては一人で勝手に酔い潰れていたのに、夏くらいから一人で酒を飲むことは一切なくなった。去年の自分に「一年後の自分は食事のPFCバランスに最も気を使っている」などと言っても全く信じないだろう。
良くも悪くも環境が変われば人はある程度変わるのであろうが、一方で変わらないこともあり、今年も変わらず僕はたくさん服を買った。多分これは病気のようなものなので一生変わらないんだろう。そんな中で振り返った今回の1着だが、以前、初めてのヴィンテージバーバリーを購入する際に、お世話になっている古着の先輩と某店の店長にどんな仕様の個体が欲しいのかと聞かれ、当時ヴィンテージに全く詳しくなかった僕は「シングルラグランで色は黒、生地はウールかカシミアなどの獣毛が良い」と無邪気に答え、「そんなものはない」と一蹴されたのを覚えている。兼ねてから黒い服が一番好きだった僕は、自分にハマる理想的なコートの形がシングルラグランということをようやく知れたのに、そのコートで理想の色が存在しないなんて耐えられない、という想いで2年以上市場監視を続けた。そしてとうとう、今回の「一枚袖?黒?カシミア」という三拍子そろった役満個体を探し当てることができた。
今年はいつもと変わらず服を買うにしても今まで自分が手を出してこなかったテイストや、持っていなかったカテゴリーのアイテムに積極的に挑戦し、自分自身に変化をもたらすことを目指していたのだが、今回紹介した1着が文句なしに今年のベストバイになってしまうあたり、よく言えば芯が通っているのかもしれないが、大した変化をもたらせなかったのかもしれない。ただ、そんな中で究極ともいえる洋服に出会えた年だったのは間違いない。2023年こそは、自分の服選びの根幹の部分にも大きな変化?成長をもたらせるような購買ができる一年にしたいと思う。
>>次回は2023年1月31日(火)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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