【連載:イヴ?サンローランと日本】第4話 モードを「消費」から「芸術」に昇華 歴史を変えた展覧会とその軌跡

イヴ?サンローラン(メトロポリタン美術館での回顧展会場にて、1983年撮影)
Image by: Bettmann via Getty Images

イヴ?サンローラン(メトロポリタン美術館での回顧展会場にて、1983年撮影)
Image by: Bettmann via Getty Images

イヴ?サンローラン(メトロポリタン美術館での回顧展会場にて、1983年撮影)
Image by: Bettmann via Getty Images
「モードの帝王」と呼ばれ、20世紀を代表するファッションデザイナーの一人として知られるイヴ?サンローラン(Yves Saint Laurent)が1962年に創設した「イヴ?サンローラン(Yves Saint Laurent)」。現在は「サンローラン(SAINT LAURENT)」として親しまれる同ブランドの、創業デザイナー時代の知られざる功績や日本にまつわる歴史を、元モード誌編集者?跡見学園女子大学准教授を経て、現在ファッションジャーナリストとして活動する横井由利氏が全5回の連載で振り返る。
ムッシュ?サンローランが自ら来日し開催した3度のファッションショーとその意味を振り返った前回。続く第4話は、モードを消費から芸術へと昇華させた、イヴ?サンローランの「展覧会」の歴史を紐解く。
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オートクチュールは、その周辺に居る人は観ることはできるが、大衆の目に触れることはない。しかし展覧会となると、誰でも観ることができ、会場ではクチュールメゾンの歴史やエスプリを知ることができる。さらに、「消費されるだけのモード」ではなく「時代をクリエイトしたモード」として後世へ伝えられ、展覧会でオートクチュールの存在理由が示されるのだ。
クチュールメゾンがアーカイヴを用いて、デザイナーが生みだしたモードをキュレーターの感性を通して展覧会として披露するようになったのは、1990年以降のことだ。メゾンの歴史からデザイナーの特徴、当時のトレンドまでを知ることができる展覧会は、モードに興味がある研究者のみならず一般市民にも人気を博し、初日には長蛇の列ができたとの報道も目にするようになった。しかし、「イヴ?サンローラン展」が開催された今から40年前には、モードの展覧会はほとんど催されていなかった。(文:横井由利)
目次
世界初の現役デザイナー回顧展 ? 1983年 メトロポリタン美術館展
世界的なファッションアイコンとして名を馳せたダイアナ?ヴリーランド(Diana Vreeland)は、アメリカ版「ヴォーグ(VOGUE)」の編集長(1962~1971年)を退任すると、ニューヨーク?メトロポリタン美術館の衣装研究部門特別学芸委員を務めた。そのダイアナ?ヴリーランドは、メトロポリタン美術館で1983年に「イヴ?サンローラン展」(1983年12月14日~1984年9月2日)を開催した。現役デザイナーの回顧展はそれまで催されたことがなく、ダイアナ?ヴリーランドだからこそ成し得た、新発想の特別な企画展だった。
同展覧会のプレビューには810人が招待されていたが、最終的には有料にもかかわらず2500人の来場があった。招待客は、ファッションデザイナーのヴァレンティノ?ガラヴァーニ(Valentino Garavani)や森英恵、ザンドラ?ローズ(Zandra Rhodes)、ビル?ブラス(Bill Blass)、オスカー?デラレンタ(Oscar de la Renta)に加え、各界の著名人ではアーティストのアンディ?ウォーホル(Andy Warhol)や、サンローランのミューズとしても知られるジュエリーデザイナーのパロマ?ピカソ(Paloma Picasso)、女優のカトリーヌ?ドヌーヴ(Catherine Deneuve)やマーゴ?ヘミングウェイ(Margaux Hemingway)、社交家のナンシー?キッシンジャー(Nancy Kissinger)やロスチャイルド(Rothschild)男爵夫妻といった錚々たるメンバーが参加したと記されている*?。
*?「W? JAPAN」1984年1月9日号より

ダイアナ?ヴリーランドとイヴ?サンローラン(メトロポリタン美術館での回顧展のオープニングにて、1983年12月撮影)
Image by: Sonia Moskowitz/Getty Images
会場では、イヴ?サンローランが1961年にアルトゥーロ?ロペス=ウィルショー(Arturo Lopez-Willshaw)夫人のために初めてデザインした黒のシルクジョーゼットのドレスをはじめ、モデルナンバー00001(1962年発表のファーストコレクション)から1983年に発表したドレスまでを含めた、約150点の作品が展示された。
その後、北京の中国美術館(1985年5月~7月)、パリのモード美術館(1986年5月~10月)、モスクワの美術家会館(1986年12月~1987年1月)、レニングラードのエルミタージュ美術館(1987年2月~3月)、シドニーのニューサウス?ウェールズ アートギャラリー(1987年5月~7月)と5都市を巡回して、1990年に東京へやってきた。
歴史を変えた展覧会がついに上陸 ? 1990年 東京展
1990年当時の日本では、モードは「商品」として認識されビジネスの範疇にあった。モードの文化的な側面に触れることはほとんどなく、必然的にモードの展覧会を開催するという発想はなかった。ところが、メトロポリタン美術館で開催された「イヴ?サンローラン展」が成功を収めると、世界中の有名美術館での巡回展が決定し、7年後に日本で開催する準備が始まった。
今では公営の美術館でモード展が開催されるようになったが、1980年代末期には私営の美術館で開催するものと認識されていた。その頃になると、一部の百貨店は文化的な活動に注力するようになり、西武百貨店は1987年に文化事業部をセゾンコーポレーションに移管し、1989年には池袋店に「セゾン美術館」を設置し、美術展を開催するようになった。また東急百貨店は、1989年に美術館、コンサートホール、ミニシアターなどで構成された独自の複合文化施設「Bunkamura」を渋谷に設け、百貨店の顧客のみならず一般客にも国内外の文化を披露する場とした。
西武百貨店は、イヴ?サンローランと20余年におよぶ商取引があり、信頼関係も良好だったことから、メトロポリタン美術館からの巡回展「MODE 1958-1990 イヴ?サンローラン展 モードの革新と栄光」(1990年1月14日~12月26日)をセゾン美術館で開催した。

「MODE 1958-1990 イヴ?サンローラン展 モードの革新と栄光」の図録(個人私物)
展示会場は2フロアに分かれ、1階では、ディオール社時代のトラペーズラインのワンピースから、1990年春夏コレクションのテーマの一つ「シャネルへのオマージュ」までの作品を展示。「40年代ルック」や「サファリジャケットを含むクラシック」「サンローランの色」「アートへのオマージュ(ピカソ、マティス、モンドリアン、ゴッホ、ブラック、ポリアコフ、ポップアート)」「ソワレ、スモーキング」など、約110点に及ぶオートクチュールの代表作が展示された。
2階には、振付家ローラン?プティ(Roland Petit)の作品の中でダンサーのジジ?ジャンメール(Zizi?Jeanmaire)が着た衣装をはじめ、マルグリット?デュラス(Marguerite Duras)やジャン?コクトー(Jean Cocteau)の脚本劇の衣装30点が展示された。また、ルイス?ブニュエル(Luis Bu?uel)監督の映画「昼顔」に主演したカトリーヌ?ドヌーヴの衣装や、リュック?ベンソン(Luc Besson)監督の映画「サブウェイ」に主演したイザベル?アジャーニ(Isabelle Adjani)の衣装など10点以上の映画衣装が展示され、バレエやオペラの舞台衣装と小物も紹介された。
さらに2階会場では、アメリカ版ヴォーグや「ハーパース?バザー(Harper’s BAZAAR)」といったモード誌に掲載された、リチャード?アヴェドン(Richard Avedon)、ウィリアム?クライン(Willam Klein)、ヘルムート?ニュートン(Helmut Newton)が広告用に撮影した写真や、雑誌のメインページに掲載されたサンローランの服を着たモード写真、約70点も展示された。

1990年開催の「マドモワゼル シャネル展」図録(個人私物)
時を同じくして、Bunkamura ザ?ミュージアムでは「マドモワゼル シャネル展」(1990年11月20日~12月22日)が開催されていた。こちらも同じく日本初登場とあって、モードのマニアにとって貴重な展覧会となった。同展では、ココ?シャネル(Coco Chanel)の生い立ちから始まり、ドーヴィル、ビアリッツを経てパリのカンボン通りにブティックをオープンした時代に発表した服や、戦後復活して発表した「シャネルスーツ」、バイカラーにバックストラップのシャネルシューズ、「2.55」とネーミングされたチェーンバッグ、コスチューム?ジュエリー、化粧品、香水といったシャネルの“発明品”を紹介。また、シャネルがデザインした服をパリ在住のフォトグラファー 田原桂一が撮り下ろした写真や、2代目デザイナー カール?ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)によるシャネルの服の撮り下ろし写真も展示された。
未来へ受け継がれるヘリテージ ? モード展の現在
近年でいうと、「ディオール(DIOR)」は、「クリスチャン?ディオール 夢のクチュリエ」展(2022年12月21日~2023年5月28日)を東京都現代美術館で開催した。「シャネル(CHANEL)」は、ガリエラ宮パリ市立モード美術館で行われた「ガブリエル?シャネル展 Manifeste de ?mode」を、三菱一号館美術館で開催した(2022年6月18日~9月25日)。
そして、サンローランが初来日してから60年が経った節目の年に、ピエール?ベルジェ=イヴ?サンローラン財団(Fondation Pierre Bergé - Yves Saint Laurent)が運営するイヴ?サンローラン美術館パリの特別協力により、「イヴ?サンローラン展 時を超えるスタイル」(2023年9月20日~12月11日)が国立新美術館で開催された。

「イヴ?サンローラン展 時を超えるスタイル」の展示の様子
Image by: FASHIONSNAP
そこでは、パリのマルソー通りにあるイヴ?サンローラン美術館でしか見ることができない、モードへの目覚めを表すペーパードールや、ディオール時代に才能を開花させたオートクチュールのドレス、自身のメゾンで発表したドレスのアーカイヴをはじめ、サンローランのアイコンとなったスタイル、職人技、舞台芸術とグラフィックアート、テキスタイル、日本との関わりといった12のシーンで構成されたモード展となった。オートクチュールメゾンが閉鎖されて20年以上経ち、すでにムッシュ?サンローランを知らない世代が増えてきた今、改めてメゾンとしてのイヴ?サンローランに関心が集まり、展覧会は成功に終わった。
財団にあるアーカイヴの保管庫には、オートクチュールのルックNo.1から2002年1月のラストショーの最後を飾ったマリエ(ウェディングドレス)まで、ショーで発表したコーディネート通りに服と帽子、アクセサリー、手袋、シューズ全てが揃った完璧な状態で収蔵されている。テーマを設けさえすればいつでも展覧会が開催できるのは、ピエール?ベルジェとイヴ?サンローランのヘリテージとアーカイヴに対する意識の高さの表れといえる。
ファッションはモード誌やブティックで観る時代であった1983年に、ニューヨーク?メトロポリタン美術館でイヴ?サンローラン展が開催されると、世界中のファッション関係者は好奇の目で見た。その巡回展がセゾン美術館で催されたときでさえ、果たして成功するのかと訝られたという。
ところが、近年美術館にファッション展を観に行くのがブームとなっている。その証拠に、ファッションブランドが展覧会を開催する度に集客数は更新されている。ファッションを文化のひとつと位置付けて40年余り前に開催されたイヴ?サンローラン展は、その先駆けだったに違いない。──第5話につづく(2026年2月末公開予定)
明治学院大学社会学部卒業。リヴ?ゴーシュ西武に勤務後、『マリ?クレール ジャポン』、『GQ ジャパン』、『ハーパーズ?バザー 日本版』の副編集長を務める。跡見学園女子大学 生活環境マネジメント学科准教授を経て、現在はファッションジャーナリストとして活動。
edit: Erika Sasaki(FASHIONSNAP)
【連載】イヴ?サンローランと日本 全5話
第1話:日本のオートクチュール市場の幕開けと上陸までの経緯
第2話:日本市場を切り拓いたオートクチュール、プレタポルテ、ライセンス戦略
第3話:ムッシュ自らが来日し披露した、3度のファッションショーとその特異性
第4話:モードを「消費」から「芸術」に昇華 歴史を変えた展覧会とその軌跡
最終更新日:
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