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初めて訪れた2024年秋冬コレクションの展示会は、一目で強い印象を受けた。テックウェアの技術で作られたトラディショナルな服には、ストリートのニュアンスも感じられ、ヴィジュアルからは現実と空想が交錯する世界観が伝わってくる。「パラトレイト(paratrait)」のデザイナー坂井俊太は、ロンドンで「アレキサンダー?マックイーン(Alexander McQueen、現マックイーン)」、「バーバリー(BURBERRY)」という二つの名門ブランドでキャリアを重ねた。しかし、「パラトレイト」は英国が誇るこれらのブランドとは異なるスタイルを確立している。「TOKYO FASHION AWARD 2025」を受賞し、ブランドへの注目が高まる今、ロンドン時代のこと、ブランド設立の背景、コレクションの発想について話を聞いた。(文:AFFECTUS)
坂井俊太
文化服装学院で学んだ後渡英し、イスティチュート?マランゴーニ(IstitutoMarangoni)のロンドン校で修士課程を修了。その後「アレキサンダー?マックイーン(Alexander McQueen)」と「バーバリー(BURBERRY)」でウィメンズウェアのデザインを担当。日本に帰国後、デザイン事務所設立。国内外のブランドにデザインを提供し、現在は 「ダイワ(DAIWA)」などのデザイナーも務める。2023年、「パラトレイト(paratrait)」をスタート。2024年には、「TOKYO FASHION AWARD 2025」受賞デザイナーに選出された。








paratrait 2025年秋冬コレクション
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マックイーンとバーバリーを経てブランド立ち上げ、「ハ?ラトレイト」の強みとは?
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──文化服装学院から、イスティチュート?マランゴーニのロンドン校に留学。同学を選んだ理由は?
在学中に神戸のファッションコンペに応募し、その副賞としてスカラシップを得て留学することになりました。当時のマランゴーニはロンドン校に力を入れていて、優秀な先生方が集まっていたのでロンドン校を選びました。言語が英語というのも大きかったですね。でも、実はコンペ自体には落ちているんですよ。

パラトレイトデザイナー 坂井俊太
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── どういうことですか?落選したのにスカラシップを得られたんですか?
最終審査には落ちたんですが、審査員の中にいたマランゴーニの上層部の方が僕に満点を入れてくれて。「コンペの結果に関係なく、お金を出すから来なさい」と。そんな経緯で留学が決まりました。
──渡英後、ロンドンでの最初のキャリアには「アレキサンダー?マックイーン」を選びました。
理由は至ってシンプルで、当時、マックイーンがカッコいいと思ったんですよね。ただ、入社して8ヶ月ぐらいでマックイーン(デザイナー アレキサンダー?マックイーン)が亡くなってしまったので、一緒に仕事ができたのは2シーズンほど。しかも、当時の僕はほぼインターンで、雑用が多く、深く関わることはできませんでした。それでも、やはりすごくいい経験になりましたね。
── マックイーンでの思い出深い体験やエピソードは?
ある日、マックイーンに写真を見せられたんです。ブラックホールのように見える、すごく大きい写真を。「これ、何に見える?」と聞かれて、「ブラックホールですか?」と答えたら、「自分の尻の穴だ」と。あのファッションフォトグラファー ニック?ナイト(Nick Night)に撮影してもらったそうです(笑)。すごくキュートな人でした。
──それは???かなり刺激的な体験ですね(笑)。マックイーンの次は「バーバリー」。当時、クリエイティブを指揮していたクリストファー?ベイリー(Christopher Bailey)は、ブランドを驚異的に飛躍させたデザイナーとして知られますが、彼の服作りの凄さは?
色々ありますが、1番はトラッドをキープしたまま新しい洋服を作れることですかね。コンテンポラリーな服ではないのに、新しく見える。それがものすごくヨーロッパ的だと思います。バーバリー「らしさ」を自分なりに解釈し、魅力を更に引き出していた点が凄かったです。
──「バーバリー」を退社後、日本に帰国しました。
一番大きな理由は、「日本人の自分が、バーバリーをやる意味があるのだろうか?」と疑問に感じたことです。「バーバリー」は日本で例えるなら着物ブランドのような存在で、言ってみれば伝統芸能に近い。それならばイギリス人がデザインした方が良いんじゃないかと思ったんですよね。
でも、僕だって自分にしか作れないものを作りたい。あのまま海外で続けてもよかったんですが、やっぱり日本人であることからは逃げられない。本来日本人であることは武器になるはずなのに、「バーバリー」にいたら使えない。日本の産地を回り、日本で服を作って、その服を海外に持っていく仕事をしたいと思ったんです。

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── 帰国後はデザイン事務所を設立。現在「ダイワ(DAIWA)」でもデザインを手掛けていますが、ロンドン時代にキャリアを積んだブランドとは異なる領域ですね。
もともと釣りが好きで、その縁で、「ファッションに精通しつつ、プロダクトデザインにもアプローチできる人が必要」と声をかけられました。スポーツ業界では、デザイン業務をアウトソーシングするのが一般的で、社内にデザイナーを置くことは少ないんですよ。「ダイワ」も基本的にはギアが主戦場で、デザインはオプションのような位置づけですから。
── プロダクトデザインへの関心は以前からあったんですか?
幼い頃からモノづくりが好きで、プロダクトデザインへの興味はありました。今でも、樹脂パーツを3Dプリントで作ったりしています。「ダイワ」社員はプロダクト志向が強く、ファッション目的で入社した人はほとんどいません。僕もプロダクトデザインにリスペクトを持って取り組んだからこそ、「ダイワ」の環境にも自然に馴染めました。プロダクトデザインの視点がないと、議論を深めるのは難しかったと思います。
──プロダクトデザインの「視点」について聞かせてください。ファッションの会社とどこが一番違いますか?
「機能が最初にあって、装いが目的ではない」という点です。プロダクトデザインは、まず機能ありき。その機能を達成するために服の形を決める、という考え方です。ファッションの視点とは真逆とも言えますが、ギアを作るとなれば、それが自然ではないかと。過酷な環境になればなるほど、服は見た目よりも機能が優先されていくじゃないですか。
例えば、ひと口に「釣り」と言っても様々なジャンルがあります。僕がやっているような船で岩場に渡されて夜明けまで続ける過酷なものでは、安全性を考えてオレンジなど目立つ色を用いたウェアが必要になります。万が一海に落ちた場合、ヘリに捜索してもらうときに視認性が高い方が良いですから。より細かい話をすると、生地の3レイヤー構造や透湿防水の耐水圧など、数値で機能性が決まる要素もありますし、まず機能性を高めつつ、どうやってプロダクトとして成立させるか。次に、製品として美しい状態にどうやって帰結させるか。そういったアプローチの順番になります。
──2023年に「パラトレイト」を始動しましたが、ご自身のブランド設立の構想はロンドン時代からあったのでしょうか?
自分のブランドを立ち上げたい気持ちはずっと前からありましたが、「パラトレイト」の構想は日本に帰ってきてからですね。プロダクト的な考えを持っていて、なおかつファッションも本気でやっている人やブランドは思っていたよりも少ないことに気づいて、チャンスがあるのではないかと。プロダクトデザインとファッションデザインを高いレベルで両立させているブランドはもちろんあるにはありますが、数はかなり限られると思います。
──それほどプロダクトデザインとファッションデザインの両立は難しいんでしょうね。
そうですね。ここ10年で、スポーツウェアをライフスタイルに落とし込むという考え方が一気に浸透しました。スポーツメーカーが多くの時間とお金をかけて開発したものを、普段使いできる形に焼き直すというのは非常に理にかなっていると思いますし、それがクールであることも理解できます。しかし、自分のブランドではやらないと決めました。資金と時間と人を使わなければならないし、何よりスポーツメーカーには絶対に勝てないので。だから、「パラトレイト」は機能性を売りにはしていません。

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──それでは、ご自身が捉えるブランドの強みとは?
スポーツウェアと、トラッドやモードといった純ファッションの両方をしっかりとやってきた自分自身の経験です。ここだけは他の人には真似できないと思ったので、この強みを活かしたブランドにしようと考え、スタートしたのが「パラトレイト」です。
海外で暮らしたからこそ見えてきた、日本独自の宗教観
──ブランド名は、「パラレル ポートレイト(平行世界の肖像)」という造語に由来していると聞きました。
「パラレル ポートレート」は、服と人の関係の全体像を指していて、具体的には「パラレルな世界線における自分自身」を表現しています。異なる世界線の可能性として、さまざまな選択肢があることを示したい。テクニカルな手法でアップデートされたトラッドウェアやカジュアルウェア、日常的なアイテムを通して、新しい価値を提供したいんです。

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──ちなみに坂井さんは「パラレル」という言葉をどのように捉えていますか?
僕にとって「パラレル」とは、完全な別のリアルではなく、現実感がありながらも少しだけずれているような、リアルとファンタジーが混在しているような言葉です。
──どのようにしてファンタジーを作り、コレクションに落とし込んでいるのでしょうか。
外からインスピレーションを得るといったやり方ではなく、自分で物語を作り出しています。自分の手でストーリーを作り、その世界を掘り下げていく。これができれば、必ずオリジナリティのあるものに仕上がりますから。
──ではコレクション制作は、最初に物語を作ることから始める?
そうですね。小説のようなものを書くわけではないですが、コレクションの世界観をコラージュだったり、絵を描いたりして作ります。
──物語を作る上のインスピレーションは主にどこから?
インスピレーションは身近なところ、特に日本人としての体験から得ることが多いです。たとえば「干支は何?」と尋ねたり、七五三や四十九日の法事を行ったり。これらは、ほぼすべての日本人が経験することですよね。イギリスから日本に帰国した際、僕は外国人の視点になっていたので、改めてその習慣を目の当たりにしたら、すごく宗教的に感じられて面白かった。日本人は無宗教のような感覚で暮らしている人が多いですが、実は土着信仰に根ざした伝統が多いと感じました。そして興味を持って掘り下げていったところ、なぜか海を越えてネパールのカトマンズに行き、古代インド仏教に触れることになりました(笑)。日本文化とこれらを融合したものが2025年秋冬コレクションのテーマです。

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──テーマ選定の決め手を教えてください。
今回はパリで発表することが決まったので、原点に戻る必要がありました。そう考えると、日本人にしかできないこと、土着信仰や自分たちが子どものころから触れてきたストーリー、海外の人には理解できないカルチャーを掘り下げることが、オリジナリティにつながるはずだと思ったんです。
──2025年秋冬コレクションを象徴する素材は?
一番スペシャルなのは、ニットをポリエステルで編んでいく中で、一目編むごとにウルトラスエードを裂いてテープ状にしたものを織り込んだ素材です。編みながら織っているという特殊構造で、ウルトラスエードがジャカードのように表現されています。これは、「ゲリ」というネパールの伝統工芸品からインスピレーションを受けました。





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──「ゲリ」は初めて聞きました。
エベレスト山脈の山沿いに集落があり、もともとはそこで作られていたそうです。今回はコレクション製作にあたり、飛行機でエベレストを見に行きました。機内から『天空の城ラピュタ』を思わせる、雲の上で生活しているような村を見たら「ここで暮らしていたら、浮世離れした考え方になるだろうな」と感じました。そこにある仏教とは「宗教」にカテゴライズされるものの、キリスト教のように一つの神様を崇めるものとは少し違っていて、何というか一つの「哲学」なんですよね。

デザイナー 坂井撮影
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──我々が抱いている「宗教」のイメージとは随分違いますね。
「価値観が変わって当然」と思える場所で暮らす人の哲学、そこに名前として「仏教」がついているだけだと思っていて、僕はそれを自然や死との向き合い方の話として捉えています。この村を見たとき、何かが“つながった”気がしました。
──それは、コレクション制作時に作る物語とつながったということですか?
そうですね。ストーリーが膨らんでいくというか、コアができていく感覚です。いつもやりたいことは最初にある程度決まっていますが、素材作りなどを進めながら、気になる場所にはやっぱり実際に足を運びます。最後の方になって、コレクションのコアが見えてくるんです。
日本発のテック×トラッドで、世界のファッションビジネスへ
──2025年秋冬コレクションに登場した割れた地表のようにも見える素材は、どんな構造なのでしょうか?
裏に細いモノフィラメントのナイロンを引き揃えた上で表は落ち綿をプレーティングという状態で編み、綿だけが溶ける溶剤で溶かしてオパール加工を施しました。オパール加工自体は珍しいものではないですが、このように薄く作るのが難しい。試行錯誤を重ねて、なんとか完成させました。





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──どんな発想から生まれたのですか?
「パラトレイト」が常に持つディストピア的な世界観から考えました。僕は環境も含めて綺麗で美しい未来はリアルではない、実際の未来は違うのではないかと考えることがあります。映画『マトリックス』を例にとると、あの映画は現実世界ではみんなボロボロの服を着ていますよね。でも、高度な技術で作られた宇宙船に乗っています。そういう未来の方がすごくリアルに思えたというのが大きな理由です。ただ、別の理由もあります。
──別の理由とは?
夏が長くなってきたので、プリントTシャツではない、大人が着たくなる涼しい服を作りたかったという実用的な理由です。プロダクトとして機能を可視化し、涼しさが直感的に伝わるようにしたかった。だからこの服は、コレクションのストーリー、ディストピア的発想、実用的理由の3重構造で成り立っているんです。
──確かに、直感的に涼しさが伝わってくるデザインですね。
課題を自分で作り、制約がある中でデザインする。それこそがプロダクト的思考です。スポーツメーカーがつくるライフスタイルウェアとは別のアプローチで、トラッドやカジュアルな日常着にパフォーマンスウェアのソリューションを応用し、アップデートしていくことはこれからのファッションを作る上で非常に有意義だと考えます。僕がデザインをする理由の原点は、「その時代にしか作れないものを作ること」なんです。
──スポーツメーカーとは別のアプローチ、というと?
テクノロジーを活用するのがスポーツメーカーのアプローチだとしたら、テクノロジーを用いてファッション的な表現に繋げることがハ?ラトレイトが目指すアプローチです。それを突き詰めれば結果的に新しくファンタジックな表現になっていくと考えています。その時代にしかない技術を使っているわけだから、必然的にそうなるというか。僕は、機能性だけを追求するのではなく、機能性が視覚的に伝わるものを作りたい。ただ便利なだけじゃなくて、見た目にも意味があるものにしたいんです。

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──今後、服づくり以外で挑戦してみたいクリエイションはありますか?
自分で制作するかはわかりませんが、インスタグラムで動画を作ることに興味があります。ただ、ブランディングを崩さず、ブランドの世界観を保ったまま打ち出せる方法って現状あまり確立されてない気がしていて。今のところ、ファッション、というかモードとの相性の悪さを感じています。その制約を逆手に取って、面白くてカッコいいものが作れたらすごく素敵なんでしょうけど。
──ファッションブランドのインスタグラムアカウントは、ルックを投稿するだけのところが多いですよね。フォロワーの中にはブランドの活動を楽しみにしている人たちもいるはずなのに、数ヶ月に一度しか更新がないのは、ちょっと寂しいような気もします。もっとファンを楽しませるような発信ができたら面白そうです。
まさしくその通りです。ただ、高クオリティで作るには予算が必要で、現段階では難しい。ラグジュアリーブランドは毎日のようにコンテンツを投稿していますが、それはできません。かと言って、ライブ配信はブランドの世界観と合わないので、どうすればいいか考え中です。

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──最後の質問です。「パラトレイト」のこれからの目標について教えてください。
ビジネス的な目標が一つあります。それは、海外の売り上げだけでブランドが回る状態を作ること。もちろん日本のお店に入れてもらっていることが大きな支えとなっていますし、国内の売上を伸ばすことも重要ですが、日本人にしかできないモノづくりをして、それが海外で売れる状態を実現できたら、日本に帰ってきた最初の目的が達成できたと言えると思うんです。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ?モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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